[古典名詩] 金銅仙人辞漢歌 - 漢王朝の幻影と詩人の憂愁を重ねる一曲

Song of the Gilt-Bronze Immortal Leaving the Han

金铜仙人辞汉歌 - 李贺

金銅仙人辞漢歌 - 李賀

金銅仙人が映す古の別れと叙情

茂陵劉郎秋風客,
茂陵の劉郎は秋の風の中をさすらう客人のように。
At Maoling, Liu Lang roams as an autumn wind-blown traveler.
夜聞馬嘶曉無跡。
夜に馬の嘶きを聞けど、明け方にはその影も跡形もない。
At night, I hear horses neigh; come dawn, no trace remains.
畫欄桂樹懸秋香,
欄干に描かれし桂の木からは、秋の香りが漂い。
From painted rails where cassia trees stand, autumn’s scent wafts about.
三十六宮土花碧。
三十六の宮殿には、土の花が青々と色づいている。
Within thirty-six palace halls, earthen blooms glow a verdant hue.
桂宮兔兒月皎潔,
桂の宮の兎を宿す月は、清らかに輝き。
At the cassia palace, the moon with its rabbit shines bright and pure.
夜向窓中爲誰白?
夜の窓辺に照るその白さは、いったい誰のためのものか。
Whom does its pale glow grace through the night window?
金銅仙人辞漢歌,
金銅仙人が漢の世に別れを告げる歌があり、
A bronze immortal bids farewell to Han in a somber song,
倚天萬里須長劍。
天を倚みて万里を巡るには、長き剣を携えてこそ。
To span the boundless sky, a mighty sword must be at one’s side.

「金銅仙人辞漢歌」は、唐代の詩人・李賀が作った作品の一つで、漢王朝にまつわる伝説や歴史の余韻を、幻想的なイメージで描き出しています。題名に登場する「金銅仙人」は、漢の宮殿や陵墓などに置かれた銅製の人形(仙人像)を指すとされ、古の繁栄を象徴する遺物としてしばしば言及されます。李賀は、その象徴がまるで自ら漢王朝を去るかのように別れを告げる姿を歌い上げることで、滅びゆく過去への惜別と、同時にそこに宿る栄華の残像を詩情豊かに表現しました。

冒頭の「茂陵劉郎」は、漢武帝の茂陵にまつわる伝説や、漢王朝を支えた人々の姿を暗示するものとして登場します。秋風に吹かれる客のような存在として描かれるのは、繁栄の中にも孤独が潜む皇帝や高官のイメージを重ね合わせていると言えます。次第に夜の静寂とともに馬嘶きの音さえ消え去り、絢爛たる宮廷の残り香が秋の桂樹や鮮やかな土花として映し出される流れは、華やかな宮廷文化の衰退を暗示すると同時に、一抹の美しさと儚さを強調しています。

さらに中盤で登場する「桂宮兔兒月皎潔」には、神話的なモチーフとして“月中の兎”が想起され、月宮の不老不死や仙界への憧れが含意されます。李賀は、これらのイメージを巧みに組み合わせることで、歴史上の王朝が滅びてもなお残る伝説の断片や、その空虚感にまつわる美しさを浮き彫りにしているのです。

結句の「倚天萬里須長劍」は、一見すると豪壮な武士的ロマンを表すようにも見えますが、実際には大いなる世界に飛び出すためには、何らかの守りや力が必要であることを暗喩しています。漢王朝に限らず、一度は栄光を誇った文明もやがては消え去る運命にあることを、金銅仙人の“辞漢”になぞらえることで、詩人は儚い栄枯盛衰を象徴的に描いているのです。李賀特有の孤高かつ幽玄な筆致は、漢の時代へのノスタルジアと、そこからさらに羽ばたく人間の意志を交錯させることで、読み手を独特の詩的世界へと誘います。

要点

・漢王朝の遺物「金銅仙人」を介し、滅びた王朝への惜別を描写
・秋の風景と夜の静寂を巧みに融合させ、華やかさと儚さを表現
・月宮や桂樹の神話的モチーフが含意する“不老不死”への憧れ
・李賀特有の幻想性と歴史的空間の交錯が作品に深みを与える
・結句の長剣には、大いなる世界へ旅立つための象徴的意味合いが込められている

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