[古典名詩] 登楼(とうろう) - 高楼から望む乱世の憂いと故郷への思い

Climbing the Tower

登楼 - 杜甫

登楼(とうろう) - 杜甫(とほ)

動乱の世で高楼に募る帰郷への嘆き

花近高楼伤客心,
花が高楼に咲き迫り、旅の客の心を痛ませる。
Flowers near the towering pavilion sadden this traveler’s heart.
万方多难此登临。
天下の災いが絶えぬ中、ここに登り景色を眺める。
Amid myriad troubles in all directions, I climb here and gaze afar.
锦江春色来天地,
錦江の春の気配は天地を包み、
The spring hues of Brocade River fill all of heaven and earth,
玉垒浮云变古今。
玉垒山の浮かぶ雲は、古今の移ろいを映し変える。
While drifting clouds over Yulei shift through ages past and present.
北极朝廷终不改,
北極星のように朝廷は不変であるはずが、
The imperial court, like the North Star, should remain unchanging,
西山寇盗更何侵?
西の山中に巣くう賊は、なお何を脅かそうとするのか。
Yet marauders of the western hills still menace us—why?
信臣精忠堪泣血,
忠臣の至誠は、血を流して涙するほどに深く、
Loyal ministers give their utmost, tears mingling with blood,
去国怀乡何日归。
国を離れ、故郷を思う我はいつの日に帰り着くだろう。
Exiled, yearning for home—when at last shall I return?

杜甫(とほ)の『登楼』は、動乱が続く唐代の世情と自身の苦悩を高楼に登って眺める中で、強い郷愁と憂いを歌い上げた七言律詩です。冒頭で花が客の心を痛ませる情景は、一見すると春の穏やかな美しさを思わせます。しかし、それは同時に、世の混乱から解放されない詩人の暗い心情と対照をなし、強い寂寥感を呼び起こすものとなっています。

その後、「万方多难」とあるように、国の内外で多くの災いが絶えない様子が示唆されます。春の錦江や玉垒山に浮かぶ雲などの壮大な自然描写を背景に、杜甫は朝廷や社会の混迷を嘆きつつ、自らも流浪の人生を強いられていることを重ねあわせます。唐の朝廷が本来“北極星”のように変わらぬ柱であるはずなのに、西方からの賊がいまだ侵略の脅威となっていることが示すように、国土や政治の安定がいまだ取り戻せていないのです。

結句では、忠臣たちの尽力にもかかわらず混乱が収まらないなか、故郷へ帰りたくても帰れない自分の境遇を嘆息します。ここに、杜甫ならではの深い社会的視座と、個人的な望郷の情が交錯し、読者の胸に強い印象を刻む結びとなっています。

杜甫は「詩聖」として称賛されると同時に、生涯を通じて官途に恵まれず、しばしば流浪と貧窮に苛まれました。その重い運命から生まれる詩風には、時代の混乱や人々の苦しみをまざまざと描写する鋭い社会性と、一方で限りなく繊細な叙情性とが共存しています。『登楼』はそうした彼の詩境が凝縮された一篇と言えるでしょう。

要点

• 春の美景と混乱する政治情勢の対比が、詩中に張り詰めた悲哀を生む
• 朝廷への期待や忠臣の無念を重ね、個人的な望郷と国の安定を重く願う
• 高楼の視点から、人間の無力さと時代の困難を客観的に見つめる詩風
• 杜甫の社会批判と繊細な叙情性が融合した代表的な七言律詩のひとつ

コメント
    楽しい時は時間が経つのが早いですね!
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