[古典名詩] 「不死の暗示(幼時の記憶から)」 - 記憶の奥に宿る神聖な光をたどる頌歌

Ode: Intimations of Immortality

Ode: Intimations of Immortality - William Wordsworth

「不死の暗示(幼時の記憶から)」 - ウィリアム・ワーズワース

幼き記憶が照らす魂の永遠性を謳う頌歌

There was a time when meadow, grove, and stream,
かつて草原も林も小川も、
The earth, and every common sight,
大地とありふれた光景すべてが
To me did seem
わたしにとっては
Apparell’d in celestial light,
天上の光に装われているように見えていた、
The glory and the freshness of a dream.
まるで夢の栄光と新鮮さを宿しているかのように。
It is not now as it hath been of yore;—
今はもう、かつてのようではない――
Turn wheresoe’er I may,
どこを見回しても、
By night or day,
昼も夜も、
The things which I have seen I now can see no more.
あの時に見えたものが、今はもう見えなくなってしまった。
The Rainbow comes and goes,
虹は現れては消え、
And lovely is the Rose,
バラは可憐に咲き誇り、
The Moon doth with delight
月は歓びをもたらし、
Look round her when the heavens are bare,
雲なき夜空を静かに見渡している、
Waters on a starry night
星降る夜の水面には
Are beautiful and fair;
美しく、澄んだ輝きが映る。
(中略)
Heaven lies about us in our infancy!
幼子のころ、天は私たちの周りに広がっている!
Shades of the prison-house begin to close
だが牢獄の影はしだいに迫り、
Upon the growing Boy,
成長する少年を包み込んでゆく、
But He beholds the light, and whence it flows,
しかし、彼はまだあの光を見ている、そしてその源を感じ取っている、
He sees it in his joy;
歓びの中で光を見出すのだ。
(後略)

ワーズワースの『不死の暗示(幼時の記憶から)』は、ロマン主義を代表する長編の頌歌(オード)であり、幼い頃に感じた世界の輝きと、成長によって薄れていくその感受性とのせめぎ合いを描いた作品です。詩全体を通じ、幼子の時期には“天”が間近にあり、自然や日常のすべてが光に包まれていたという強い郷愁と、成人後にそれを失いつつある痛切な感情が主題となっています。

詩の冒頭部では、かつて草花や虹、月などの自然現象に天上の光を見出していたにもかかわらず、今はその感動を十分に味わえなくなっていることへの哀惜が語られます。続く部分では、子どもが持つ“無垢”で“生まれながらに神性に近い視野”が徐々に社会的・現実的な視野に覆われていく過程が示唆され、その変化を“牢獄の影”にたとえています。ワーズワースは、この“失われる光”への嘆きと同時に、大人になってもなお潜在意識の奥に残り続ける“神聖な源”を再確認しようと試みるのです。

作品中盤から終盤にかけては、詩人がこの“失われつつある光”をどのように取り戻し、また違う形で自らの精神の糧とし得るかが探求されます。子どもの無垢そのものには戻れないものの、人が過去の記憶や自然から霊感を得ることで、あらたな視点や感動を呼び起こすことができるという希望が示されます。これこそ、ロマン主義における“自然=神への窓口”というワーズワース特有の思想の核とも言えます。

本作では、詩人の仲間や親しい存在(妹ドロシーなど)に向けられた呼びかけも重要な役割を果たします。他者との交流や共感を通じ、自分自身の感覚を確認し、自然の美しさへの視点を共有していく。そのプロセスが、成長過程で失われかけた直感的な光を再び燃え上がらせる可能性を示唆するのです。詩の終盤では、人生の喪失感や無常観を越え、現在も自然との交感が多くの喜びや慰めを提供してくれることが高らかに謳われます。

ワーズワースは、このオードを通じて“生の神秘”と“無垢の記憶”を丹念に掘り起こし、人間の精神がもともと持っていた光の源泉に再び触れようとする姿勢を示しています。それは現代に生きる私たちにとっても、“忙しい日常の中で見失いがちな、幼い頃の純粋なまなざし”を思い出すきっかけとなるかもしれません。また、全編にちりばめられた自然への讃歌は、世界のすみずみまでが神聖性に満ちていると捉えるロマン主義の核心を端的に示しており、ワーズワースの詩作を深く知るうえでも欠かせない作品と言えるでしょう。

要点

• 幼い頃の感受性と現実的視野との葛藤が主題
• “牢獄の影”という比喩により、大人になる過程で失われる神聖な光を象徴
• 自然との交感を通じ、失われた無垢を部分的に取り戻せるというロマン主義的信念
• 回想と再生の詩的プロセスが、ワーズワースの思想を凝縮した長編オードとして評価される

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