[古典名詩] 無題(昨夜星辰昨夜風) - 華やかな夜の交歓と官界の離別を往還する詩情

Untitled (Last Night’s Stars, Last Night’s Wind)

Untitled (Last Night’s Stars, Last Night’s Wind) - Li Shangyin

/无题(昨夜星辰昨夜风) - 李商隐/

星と風の夜が結ぶ神秘の交感を描く艶麗な詩

昨夜星辰昨夜風,
昨夜、星はきらめき、風が吹いていた、
Last night, there were stars, and there was wind,
畫樓西畔桂堂東。
絵のように華やかな楼の西のあたり、桂の堂は東側にある。
By the painted pavilion’s western wall, the laurel hall stands to the east.
身無彩鳳雙飛翼,
彩鳳のごとき双の翼を持たずとも、
Though I have not the twin wings of the colorful phoenix,
心有靈犀一點通。
心には霊犀(れいさい)の一点が通じ合う。
Our minds share that single, magic point of understanding.
隔座送鉤春酒暖,
席を隔てて、鉤を送る春の酒は暖かく、
Across the table, passing the game of hooks, warm spring wine flows,
分曹射覆蠟燈紅。
組を分けて射覆を楽しめば、蝋燈のあかりは赤々と灯る。
In separate teams, guessing hidden objects while red candles glow.
嗟余聽鼓應官去,
ああ、わたしは鼓の音に促されて官職へ赴かねばならず、
Alas, duty summons me at the sound of the drum,
走馬蘭臺類轉蓬。
馬を走らせ、蘭臺へ向かうさまは、まるで風に転がる蓬の葉のようだ。
Galloping to the Lantai, drifting like tumbleweed in the wind.

李商隠(りしょういん)の“無題詩”は、はっきりとした題名や主題をあえて掲げず、微妙な恋情や情景を晦渋かつ艶麗に描き出すことで知られています。本作も「昨夜星辰昨夜風」と印象的な一句で始まり、夜空の星と吹きゆく風に象徴される、一夜の出来事や密やかな感情を巧みに表現しています。

冒頭の「昨夜星辰昨夜風」は、時間と空間を一気に縮める役割を果たし、「畫樓西畔桂堂東」では華美な楼や桂の堂が置かれた邸宅のような情景が浮かんできます。続く「身無彩鳳雙飛翼,心有靈犀一點通。」では、彩鳳のごとき翼を持たずとも、互いの心は霊犀(れいさい)――心の奥底が一瞬にして通じ合う神秘的な角――によってつながっていると詠う、非常にロマンチックな比喩が登場します。これは“体は離れていても心は通じている”ことを象徴するイメージと解釈されることが多いです。

中盤の「隔座送鉤春酒暖,分曹射覆蠟燈紅。」は、一種の宴席の遊び――送鉤(そうこう)や射覆(しゃふく)といった酒席の余興を通じて、お互いに贈答や推理を楽しむ華やかな場面を描きます。そこには、赤々と灯る蝋燈の光が添えられ、夜のひそかな交歓がさらに艶やかに演出されている様子が伝わってきます。

結句の「嗟余聽鼓應官去,走馬蘭臺類轉蓬。」では、そんなひとときの交歓も束の間であり、詩人自身が官職の召しに応じねばならない現実が突きつけられます。ラン臺へ馬を走らせる姿が、まるで風に流されて転がる蓬のように儚い様を重ね合わせ、読者に“世俗の仕事と華やかな情との往還”を切実に感じさせます。

全体を通じて、この詩には「逢うことも難しければ、離れることも難しい」という李商隠の他の無題詩に通じるような世界観が漂っています。きらびやかな宴の余韻、密かに燃える情愛、そして官界へ赴く宿命。互いに矛盾しながらも、そのはざまにこそ李商隠の独特な美と悲哀が宿るのです。読後の読者は“夢とも現実ともつかぬ一夜”を追体験しながら、晦渋な言葉の奥に浮かぶ儚くも艶麗な情景を噛みしめることができるでしょう。

要点

• 星と風が象徴する夜のはじまりに、華美な楼閣の情景が広がる
• 彩鳳と霊犀を用いたロマンチックな比喩で、密やかな恋情を表現
• 宴席での遊び(送鉤・射覆)を通じた艶やかな交歓と、赤い灯に彩られた雰囲気
• 結句で官界への召集を余儀なくされる姿が切なく、風に流される転蓬のイメージが悲哀を深める

楽しい時は時間が経つのが早いですね!
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