The Flea - John Donne
ノミ - ジョン・ダン
The Flea - John Donne
ノミ - ジョン・ダン
「ノミ」は、17世紀イングランドの詩人ジョン・ダンの代表的な形而上詩(メタフィジカル・ポエム)の一つです。わずかな生き物である“ノミ”に二人の血が混ざり合うという出来事を巧みに利用し、語り手が恋人を説得して“愛”の関係へ踏み出そうとする内容がユーモラスかつ大胆に描かれています。
冒頭の場面で、語り手は“ノミが吸った血”を取り上げ、通常なら大事とされる男女の親密な行為と比較して、どれだけ取るに足らないことかを強調します。そのうえで、ノミの身体を“婚姻の場”や“神聖な空間”に見立て、親や世間からの反対など、外からの妨げをものともせずに、すでに二人は肉体的にも精神的にも結ばれているようなものだと説得していくのです。
二連目では、とくに“ノミの中には私とあなたと、このノミ自身の三つの命がある”として、恋人がノミを潰すことは三重の罪にあたるとまで言い張ります。ここで重要なのは、ジョン・ダン特有の誇張表現や論理の飛躍です。読者は、あまりに微細で卑近なノミをめぐる議論を通じて、むしろ人間の愛や欲望、そして罪や神聖さといった大きなテーマへと導かれます。
しかし、三連目では、恋人がノミを潰してしまったことで、語り手は“その血を殺したところで、結局何も失わなかったではないか”と逆に開き直ります。つまり、愛や純潔、あるいは名誉といったものは、実はそれほど容易に“汚れたり失われたりするものではない”という逆説的な真理を浮き彫りにするわけです。このような奇抜な思考の逆転と巧みな隠喩こそが、ジョン・ダンをはじめとする形而上詩の魅力であり、時代を越えて読者を唸らせる大きな要因となっています。
また、「ノミ」は一見して軽妙な駆け引き詩のように見えますが、その背後には宗教観や世界観をも含む深遠な議論が潜んでいます。男性の欲望と女性の貞操観念という、当時の社会が大きな議論を交わしたトピックを、遊び心ある比喩と論理で切り込み、しかも愛を普遍的な問題として提示している点が傑出しています。ジョン・ダンの詩が“知的な情熱”と言われるゆえんを、まざまざと感じさせる一篇といえるでしょう。
• ノミに二人の血が混じることを恋の比喩に用いた大胆な発想
• 神聖や罪、純潔や欲望といったテーマを逆説的に論じる形而上詩の典型
• 軽妙な駆け引きと深遠な思索が入り混じる、ジョン・ダンならではのスタイル
• 当時の社会観や宗教観を背景にしつつ、愛の本質を巧みに突いた名作