[古典名詩] 唐兒歌(とうじか) - 童声が映す春の一幕

Tang Children’s Song

Tang Children’s Song - Li He

/唐儿歌 - 李贺/

童声に響く春の情景が描く幻想

花靨初開陌上春,
花がほほえみを開くように咲きはじめ、野の道にも春が満ちる。
Blossoms bloom like smiles, bringing spring to the country paths.
小兒踏節童聲新。
幼子は足拍子を踏み、その童声は新鮮に響き渡る。
A child taps the rhythm with tiny feet, a fresh youthful voice resounding.
翠衣紅袖來相戲,
緑の衣に紅の袖をまとった者たちが戯れにやってきて、
Clad in green robes and crimson sleeves, they arrive to join the play,
一曲閑情入笛津。
一曲ののどかな調べが笛の音に溶け込み、心へと染みわたる。
A gentle tune drifts into the flute’s note, lingering softly in the heart.

本作「唐兒歌(とうじか)」は、唐代中期の詩人・李賀(りが)の作品と伝えられる、短いながらも春の風景と子どもの賑やかさを巧みに融合した詩です。李賀と言えば、幻想的かつ奇抜なモチーフや言辞を駆使する“詩鬼”として名高い一方、自然の中に人々の生活や心情を柔らかく映し出す作品も少なくありません。

冒頭の「花靨初開陌上春」では、まるで花がほほえんでいるかのように春が開幕するさまが鮮やかに描かれ、次句「小兒踏節童聲新」で、子どもたちの足拍子や童声が春の光景と相まって一層の賑わいを感じさせます。唐代の社会では、音楽や遊びと結びついた“童声”は純粋さや活力を象徴し、盛りゆく季節との相性がよく、こうした情景がそのまま詩の冒頭を彩ることで読者を明るい世界観に引き込む効果を生んでいます。

後半の「翠衣紅袖來相戲」では、男女ともに華やかな衣装を身につけ、春の陽気を満喫する様子が描かれています。李賀の詩のイメージとしては、しばしば神話や仙界を思わせる超現実的な表現や、深い哀愁を帯びた描写が特徴的ですが、この句では地に足のついた“人々の遊興”が提示されています。しかし次の「一曲閑情入笛津」によって、一転して笛の音色に静やかさが差し込まれ、自然と人間が織りなす春の日の情趣が、まるで夢の中の一幕のように巧みにまとめられているのです。

李賀の作品は、わずかな文字数の中でも華麗な語句と大胆な比喩で読者の想像力をかき立てるものが多いと評されてきました。ここでも、花がほほえむように咲く「花靨初開」という表現や、明るく弾む子どもの足音「踏節童聲新」など、みずみずしいイメージが軽やかに連鎖していきます。こうした表現手法は、読む者に季節の温かみだけでなく、詩人の内面に潜む“明暗のコントラスト”をほのかに感じさせます。人生の無常や死生観を強く漂わせる作風をもつ李賀だからこそ、こうした一見幸福感に満ちた詩にも、どこか儚さが潜んでいるのではないか、と読む側に余韻を与えているのです。

また、「唐兒歌」というタイトルから推測されるように、童歌や唄のような軽快さが全体を包み込みます。歴史的背景を探ってみても、唐代は経済・文化が華やかに花開いた時代であり、一方で皇朝の繁栄に潜む政治的・社会的矛盾も大きくなっていました。多くの詩人たちは、その光と影を描き分けるうちに、それぞれの表現様式を深化させていきます。李賀もまた、王朝文化の奥深い背景を踏まえながら、自らの内面を絢爛かつ神秘的に表現する方法を確立したといえます。

この「唐兒歌」は、そうした李賀の“奇抜さ”を前面には出さず、春の微笑ましい情景を基調としていますが、その背後には言葉にはしきれないほどの深みや、それこそが幻影であるかのような儚さが潜んでいるようにも読み取れます。童声に象徴される“始まり”や“純粋さ”、そこへふっと忍び寄る人生の“陰”や“複雑さ”を、李賀らしい簡潔な筆致で巧みに包含している点が、この詩の魅力です。

こうした視点で本作を読むと、鮮やかに咲き始める花や子どもたちの純真な遊び、華やかな衣装が生み出す景色こそが、見つめる間もなく過ぎ去る春の幻のようにも思われます。李賀は短命の詩人として、その限られた人生の中で多彩な詩境を展開しましたが、それは単に現実逃避的な幻想ではなく、人生の光と影を鋭く見つめ、瞬間を切り取った上での豊かな創造力の賜物と言えるでしょう。

要点

・李賀特有の華麗な語句と淡い幻想が融合した作品
・春の陽気や子どもの声が導く一瞬の明るさと儚さ
・“詩鬼”と呼ばれる李賀が、あえて軽快な童歌調を試みた点が特徴
・花や衣装の色彩描写を通じて、季節の移ろいを強調
・背後には人生や時代の明暗が潜み、短い詩に独特の深みを与える

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