[古典名詩] 燕台四首(その一) - 「燕台」の夢と現実が交錯する古代の盛宴の幻影

The Brocade Zither

The Brocade Zither - Li Shangyin

/锦瑟 - 李商隐/

盛宴と哀愁が交錯する古代の舞台を描いた一節

【原詩佚失・異説多し:以下は伝承・推定断句の一例】
(本作は複数の版本・異説があり、全伝本が明確に一致していません。ここで示す詩句は、後世の文献から抽出・再編された推定的なものです。)
[The poem may be partially lost or subject to conflicting versions. The lines below are one inferred text compiled from later references and do not necessarily represent a definitive original.]
高閣哀箏鳴夜月,
高い楼閣では箏の音が夜の月の下、哀しく響き、
In a lofty tower, a zither cries mournfully beneath the moonlit night,
燕台往事黯塵中。
かつての燕台の盛事は、いまや塵にまみれている。
Old glories of Yantai fade away in gathering dust.
羅幕深深藏醉客,
羅の帳は深く垂れ下がり、酔える客を奥へと隠し、
Gauze curtains hang low, concealing guests drunk in hidden corners,
玉壺靜滴漏催更。
玉の壺から静かに滴る水が、刻を重ねる夜更けを急かす。
From a jade clepsydra, slow dripping water spurs the creeping hours of night.
錦字難傳千里夢,
錦に織られた書も、遠き夢を伝え難く、
A brocade letter fails to convey dreams across a thousand li,
寶筝孤調幾人聽?
宝の筝のひとり演奏を、いったい誰が聞いているのか。
Who is left to heed the lone tune of the precious zither?
漢家煙月經年改,
漢の世の喧騒と月夜も、年を経るごとに姿を変え、
The Han realm’s bustle and moonlit nights transform year by year,
惆悵人間事不平。
世のあれこれは、思い通りにならぬ嘆きに満ちている。
Alas, in this mortal world, so few things ever resolve with ease.

本作『燕台四首(その一)』は、唐代末期の詩人・李商隠(りしょういん)によって作られたとされる一連の詩群のうちの一つで、華やかな宴席や歴史的な舞台を「燕台」という象徴的な言葉で示している作品として伝えられます。ただし、実際には本文が複数の版本や後世の再構成を経ており、定本が散逸した可能性があるため、ここで示した詩句は推定的な再編に基づくものです。

「燕台(えんだい)」は本来、戦国時代の燕の太子・丹が築いた「燕昭王の黄金台」や、漢・唐以降における華やかな宴席の場としてイメージされる場所を指すと言われます。後世の文学作品においては、歴史や逸話を重ね合わせて「燕台=豪華絢爛な宮廷や宴のシンボル」として使われることが多いです。

冒頭の「高閣哀箏鳴夜月」は、高い楼閣で深夜、哀しげに箏の音が響く光景を描き出し、その寂寥感の中には往時の盛事が既に失われている雰囲気が漂います。続く「燕台往事黯塵中」では、かつて盛隆を極めた宴や儀式が塵に埋もれてしまい、いまやただ暗く忘れられていることへの惜別の念がにじみます。李商隠特有の繊細で艶麗な表現が詩行に点在し、壮麗な舞台の陰にある無常観や哀愁を暗示しているのが特徴です。

中盤の「羅幕深深藏醉客,玉壺靜滴漏催更。」は、夜更けに人々が酔いつつも、さらに時が刻々と進んでいる様子を示し、抑圧された情感や隠しきれぬ寂しさが浮かび上がります。李商隠はこうした宴席描写を通して、人間の持つ歓楽と喪失感を交錯させる詩風を得意とし、読む者に様々な解釈をもたらします。

さらに「錦字難傳千里夢,寶筝孤調幾人聽?」の二句で、遠く離れた者に想いを伝えることの困難や、華美な調べを奏でても聴き手の少なさに寂しさを感じる心情が出てきます。こうした“伝え難い想い”や“報われぬ情”は、李商隠の他の晦渋な恋詩や無題詩にも通じるモチーフです。

最後の「漢家煙月經年改,惆悵人間事不平。」では、時代が移り変わる中で人の世がままならぬことを嘆く余韻を残し、華やかな宴や盛名も、歴史の中ではやがて変転と消滅を免れないという無常観を締めくくっています。全体としては、盛宴の記憶や伝説の輝きが、時間の流れとともに薄れていく悲哀とともに、唐末の動乱期に生きた李商隠の内面の複雑さをも映し出した作品といえるでしょう。

要点

• 「燕台」は豪奢な宴や歴史的舞台の象徴として使われ、失われた盛事の哀愁を暗示
• 高閣や羅幕などの装飾的要素で豪華な場面を描く一方、深い寂寥感を添える
• “伝え難い想い”や“報われぬ情”といった李商隠の詩風が、恋詩や無題詩とも響き合う
• 歴史や栄華も時の流れに埋没する無常観を提示し、読者に多義的な解釈を促す

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