[古典名詩] 聞官軍収河南河北(ぶんかんぐん しゅうかなんかほく) - 歓喜の涙が溢れる故郷への帰還の希望

Hearing That Our Forces Have Retaken Henan and Hebei

Hearing That Our Forces Have Retaken Henan and Hebei - Du Fu

/闻官军收河南河北 - 杜甫/

官軍が河南河北を奪回した歓喜に沸き立つ春の詩

劍外忽傳收薊北,
剣門関の外にいて、官軍が薊北(けいほく)を取り戻したとの知らせが忽然と伝わる。
Beyond Sword Gate Pass comes sudden news: Jibei is reclaimed by government forces.
初聞涕泪滿衣裳。
それを初めて聞いたとき、喜びの涙が衣をぬらすほどあふれ出る。
At first hearing, tears of joy flood my garments.
却看妻子愁何在,
ふと妻子を見れば、先ほどまでの憂いの影は見られない。
Gazing at my wife and children, I see no trace of their earlier sorrow.
漫卷詩書喜欲狂。
手近の詩書を片づける手もそぞろに、狂おしいほどの歓喜が湧き上がる。
Carelessly rolling up my books of poetry, I’m nearly mad with delight.
白日放歌須縱酒,
明るい陽の下、思い切り歌を放ち、酒を存分に酌み交わそう。
In broad daylight, I sing aloud and must indulge in wine without restraint.
青春作伴好還鄉。
若き春を伴って、故郷へ帰るのはなんと素晴らしいことか。
With spring as my companion, how splendid it is to return home!
即從巴峽穿巫峽,
すぐに巴峡(はきょう)から巫峡(ふきょう)を抜け、
Straight away I’ll pass through the Ba Gorge and the Wu Gorge,
便下襄陽向洛陽。
襄陽(じょうよう)を経て、洛陽(らくよう)をめざそう。
Then descend to Xiangyang, heading on to Luoyang.

杜甫(とほ)が詠んだ『聞官軍収河南河北』は、安史の乱に揺れる唐代の動乱期にあって、ようやく官軍(政府軍)が河南(かなん)・河北(かほく)一帯を奪還したという朗報を耳にした際の喜びを率直に綴った詩です。杜甫は長らく流浪の生活を余儀なくされ、身も心も疲れ果てていました。しかし、ついに勝利の知らせが届いたことで希望を取り戻し、故郷へ帰る夢に胸を弾ませます。

冒頭の「剣外忽伝収薊北」は、杜甫が四川方面(剣門関の外側)にいるときに急報を受け取った情景を示します。これまで暗い思いに沈んでいた日々が一瞬にして明るくなり、第二句では涙をこらえきれず衣を濡らしてしまう喜びの様子が描かれます。また、「却看妻子愁何在」の一節では、家族に漂っていた不安や愁いも消え去ったことがさりげなく表され、当時の緊迫感と安堵のコントラストが鮮やかに浮き彫りになります。

続く「漫巻詩書喜欲狂」には、今まで読み耽っていた詩書を放り出してしまうほどの激しい歓喜が表現されています。杜甫といえば、社会性の強い詩や悲嘆に暮れる作品が多いイメージですが、このように興奮して喜びを爆発させる場面は比較的珍しく、その強い感情の高まりが印象に残ります。

後半の「白日放歌須縱酒,青春作伴好還鄉」は、陽光の下で歌い、酒を存分に楽しみ、春の景色の中を帰郷するというイメージを描くことで、詩人の昂揚した気持ちをさらに強調しています。実際に安史の乱によって長安や洛陽といった中枢の都市は大きく荒廃したのですが、それでもなお「故郷へ帰る」ことは当時の人々にとって最も切実な希望でした。

締めくくりの「即從巴峽穿巫峽,便下襄陽向洛陽。」は、川の流れや峽谷を次々に越えながら都へ向かう道程を描き、この詩の終盤で読者の目を広大な旅路へ誘います。巴峡から巫峡へ抜け、襄陽を経由して洛陽へ至るというルートは、当時の地理を踏まえればかなりの長旅です。しかしながら、長年待ちわびた平和と故郷への帰還を果たせるかもしれないという高揚感が、この旅の長さすら喜びに変えています。

杜甫は乱世の苦しみや悲惨さだけでなく、今回のように希望が見えた瞬間の感動もまた余すところなく詩にとどめています。ここには、“詩聖”と称された彼の才能はもちろん、人間味あふれる喜怒哀楽が凝縮されているのです。喜びを共有できる家族との温かい関係や、再び詩を詠む気力を取り戻す生命力が感じられ、読む者にも明日への力を与えてくれる作品といえます。

この詩が現代でも愛読される理由は、「最も絶望的だった時に届く一筋の光」という普遍的なテーマを扱っている点にもあります。長く続く苦難の後にやってくる小さな兆しは、どの時代・国においても人々の心を揺さぶるもの。杜甫の人生とともに、この詩の喜びのエネルギーを味わうことで、困難な状況下にも希望を失わない姿勢を学べるのです。

要点

• 安史の乱の中でようやく見えた光明に大いに心を揺さぶられる杜甫
• 衣をぬらす涙や、家族の愁いが一瞬で消え去る情景が印象的
• 酒や歌、春の景色とともに帰郷を夢見るポジティブなエネルギー
• 苦難に満ちた生涯の中でも確かな希望を見いだす、杜甫の人間性

楽しい時は時間が経つのが早いですね!
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