[古典名詩] 子夜呉歌(その一) - 秋夜に響く郷愁と繊細な心情

Ziye Wuge (No. 1)

Ziye Wuge (No. 1) - Li Bai

/子夜吴歌(其一) - 李白/

秋の夜に揺れる遠方への想い

长安一片月,
長安の空に広がる月、
Over Chang'an shines a single moon,
万户捣衣声。
万の家々から響く衣打ちの音。
From countless homes, the sound of clothes being pounded echoes.
秋风吹不尽,
秋の風は途切れることなく、
The autumn breeze blows on ceaselessly,
总是玉关情。
いつも遠い玉関(ぎょくかん)への思いを誘うのだ。
Carrying longing thoughts for the distant Jade Pass.

この詩は、唐代の李白(りはく)が『子夜呉歌』という連作のうちの一首として詠んだものです。タイトルにある「子夜呉歌」は、中国の民間歌謡を意識して作られたとされ、季節や恋、望郷といった普遍的なテーマが凝縮されている点が特徴です。

第一句「長安一片月」では、都・長安を照らす月の広がりが描かれます。月は李白の詩にたびたび登場する象徴であり、古来、詩人たちにとっては故郷や遠い場所への想いをかき立てる存在でもあります。続く第二句の「万戸捣衣声」では、人々が秋の夜に洗濯物を打つ音が響き渡る情景が切り取られています。古代中国で衣を洗う際の“捣衣”は、特に秋の季節になると寒さに備えて厚い衣を打ち洗うために多く聞かれたとされ、加えて、戦地にいる夫や恋人に送る衣を整える音としても受け取られることがあります。

第三句「秋風吹不尽」で示されるように、秋風は止むことなく、物寂しげに鳴り続けます。この“吹不尽”という表現は、絶え間ない時の流れや絶ちがたい感情を暗示する語として非常に印象深いものです。続く第四句「総是玉関情」で、玉関(ぎょくかん)、つまり遠方の関所を想う心が締めくくられます。玉関は辺境にある要衝で、そこで戦に出ている夫や親しい人を案じている妻や家族の感情が投影されているとされます。

このように、『子夜呉歌(その一)』は秋の夜の長安の情景を背景に、離れ離れの人々の思いや郷愁を象徴的に描き出しています。李白が得意とする「月」のモチーフに加え、「衣を打つ音」や「吹き止まない秋風」といった聴覚・視覚・感覚を組み合わせることで、より叙情的で深みのある世界観を作り出しているのです。わずか四句の中に、都のにぎわいと同時にどこか物悲しい空気、そして遥か彼方へ寄せる思いがバランスよく凝縮され、読後には静かな余韻を残します。

戦乱が絶えなかった唐の時代、いつ出征や転勤で遠く離れるか分からないという社会背景のなか、こうした詩は人々の共感を呼ぶ存在でした。また、洗濯や家事の音といった身近な情景を描く点に、李白が民謡調(呉歌)を意識していたことがうかがえます。豪放さや酒を好んだイメージの強い李白ですが、こうした繊細で抒情的な一面も彼の詩業を語るうえで見逃せない要素と言えます。

季節や自然の描写の中に、遠方にいる愛する人への情を織り込むというスタイルは、古今東西の詩歌に通じる普遍的な美しさです。『子夜呉歌(その一)』はその好例であり、秋の風と月を背景にした、しっとりとした哀感と愛しさがにじむ名作となっています。

要点

• 月と秋風によって深まる郷愁と遠方への思い
• 衣を打つ音が表す、戦地にいる人々への切ない情感
• 短い四句の中に叙情性を凝縮した民謡調の詩風
• 李白の繊細な感受性と、壮大なイメージの背後にある静かな余韻

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