[古典名詩] 「世界はあまりにも我々と共にある」 - 社会と自然の断絶がもたらす嘆き

The World Is Too Much with Us

The World Is Too Much with Us - William Wordsworth

「世界はあまりにも我々と共にある」 - ウィリアム・ワーズワース

自然から切り離された現代社会への嘆き

The world is too much with us; late and soon,
世界はあまりにも私たちと共にある;遅かれ早かれ、
Getting and spending, we lay waste our powers;
手に入れ、費やすばかりで、我々の力を空しくしている;
Little we see in Nature that is ours;
自然の中に我々のものと呼べるものを、ほとんど見いだせない;
We have given our hearts away, a sordid boon!
心さえも捨て去ってしまった、汚れた恩恵として!
This Sea that bares her bosom to the moon;
この海は月の光にその胸をさらし、
The winds that will be howling at all hours,
風はいつでも吠え続ける、
And are up-gathered now like sleeping flowers;
しかし今は眠る花のように穏やかに集まっている;
For this, for everything, we are out of tune;
こうした全てに対して、私たちは調和を失っている;
It moves us not.—Great God! I’d rather be
心が動かされないのだ。―おお神よ! 私はむしろ、
A Pagan suckled in a creed outworn;
古びた信仰に育まれた異教徒であった方がいい;
So might I, standing on this pleasant lea,
そうすれば、この快い草原に立ちながら、私はきっと、
Have glimpses that would make me less forlorn;
孤独を和らげるかもしれない幻を垣間見られるだろう;
Have sight of Proteus rising from the sea;
海から立ち上るプローテウスの姿を見たり、
Or hear old Triton blow his wreathed horn.
古のトリトンが巻貝の角笛を吹く音を聞けるかもしれない。

ウィリアム・ワーズワースのソネット「世界はあまりにも我々と共にある」は、産業革命期の物質主義的な社会に対する強い批判を象徴する作品です。詩全体を通じて、人々が「得ることと費やすこと」に心を奪われるあまり、自然との結びつきを喪失してしまっている現状が強調されます。

冒頭の一行目で提示される「The world is too much with us; late and soon(世界はあまりにも私たちと共にある;遅かれ早かれ)」というフレーズは、一見すると些細な日常や社会活動が過度に膨らみ、結果として人間の精神的豊かさを犠牲にしているという皮肉を示唆します。続く行では、日常生活で「手に入れ、費やす」ばかりの人々の在り方が批判され、私たちの根源的な力が無為に浪費されている様が描かれます。

ワーズワースは自然を「海」「風」「月」など、雄大かつ美しいイメージと結びつけながら、それらが人々の心を動かす力を喪失しつつあることを嘆きます。産業の発展による大気汚染や都市化が進む前の段階とはいえ、既に詩人は文明社会が自然と深くかかわる感性を喪失し始めていると感じていたのです。最終行付近では、「古い異教徒になりたい」という大胆な願望を述べることで、自然の神々と直に触れ合える世界を恋しがる姿勢を鮮明に表現しています。

また、この詩は“ロマン主義”の精神と強く結びついています。ロマン主義文学では、自然との調和や個人の内面が尊重され、そこにこそ真実や美の源があると考えられました。一方で、急速な工業化と合理主義が進行する社会は、こうした自然との結びつきを脅かし、人々を機械的で無感覚な存在へと変えてしまいかねない。ワーズワースはその危機感を、ソネットという短い形式の中で鋭く提示しているのです。

本作が現代においても読み継がれる理由は、物質主義や技術至上主義がますます進展し、人間が自然からさらに遠ざかっているように思われるからです。文明による利便性の代償として、私たち自身の精神性や自然への畏敬が損なわれてはいないか――ワーズワースの問いかけは、今日でも大きな意味を持ち続けています。どれほど社会が変化しても、人間の魂は自然と結びつくことでしか得られない「真の豊かさ」があるという主張は、私たちに内省を促す大切なメッセージと言えるでしょう。

要点

• 物質主義的社会への批判と自然への回帰願望を強調
• 「得ることと費やすこと」に心を奪われる中で失われる精神的豊かさ
• 古代神話のモチーフを用いて、自然との直接的な交感を願う
• ロマン主義特有の自然崇拝と人間性の融合が、現代にも通じる警鐘として響く

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