[古典名詩] 巫山の高み - 詩の概要

High on Wushan

巫山高 - 李贺

巫山の高み - 李賀(りが)

神秘の峰々と歴史の記憶をめぐる叙情詩

巫山高,
巫山は高く、
High is Wushan,
十二峰攒紫翠毫。
十二の峰が紫と翠の尖端を連ねる。
Twelve peaks converge in purple and emerald tips.
江猿旧向巴东叫,
川辺の猿は昔、巴東の地に向かって鳴いた、
The river monkeys once cried toward Ba Dong,
梁燕今栖幕府刀。
梁の燕はいま幕府の剣に巣を作る。
Now swallows of Liang nest upon the marshal’s sword.
白帝楼前当日事,
白帝城の前にあったあの日の出来事、
Before White Emperor Tower, recalling that day,
天师坛上渡江祷。
天師の壇にて渡江の祈祷が行われた。
On the Celestial Master’s altar, prayers to cross the river were made.
蛾眉敛尽皆惆怅,
蛾眉のように美しい眉はすべて曇り、皆嘆息して、
Gorgeous brows, moth-like, now furrowed in sorrow,
悔不同时下汉皋。
なぜ同じ時代に漢皋へ下り得なかったのかと悔やまれる。
They lament not descending together to Han Gao in that same era.

この詩は、巫山という壮麗な山々とその周囲を舞台に、人々の歴史や思い、そして神秘的な伝承までを織り交ぜた作品です。詩人李賀(りが)は唐代中期に活躍し、その鋭く幻想的でありながら深い叙情性を伴う作風で知られています。「巫山高」では、巴東を行き交う猿の鳴き声や、梁の燕がなぜか幕府の刀に巣を作るといった不思議なイメージを重ねることで、過去と現在、現実と伝説が交差する情景を描いています。

まず、巫山十二峰の厳かな姿が冒頭に示され、読者は一気に幽遠な山水の世界へ引き込まれます。続いて、神女伝説で名高いこの地に古くから生きる猿や燕が詠まれますが、その生態もどこか人間の営みと重なるように感じられ、詩人の独特な目線が表出しています。また、白帝楼や天師壇など、歴史や宗教儀式に縁の深い場所にも触れられ、現実世界と神話・伝説の世界を行き来するかのような神秘的な空気が漂います。

終盤では「蛾眉」「漢皋」という表現を通じて、時代や境遇の違いによって叶わぬ思いを嘆く心情が示されています。美女の眉にたとえられる“蛾眉”が「敛(ひそ)められる」様子は、悲哀や悔恨といった感情が視覚的に鮮やかに伝わってくる表現です。そして「悔不同时下漢皋」と結ぶことで、現実には戻れない時と場所を思い、歴史や運命に対する切ない嘆きを感じさせます。

李賀はしばしば、神話や伝説のイメージを借りながら人間の哀歓を描き出す手法を用います。本作も、巫山の伝説的空気を背景に、人々の儚さや望みのかなわぬ感情を重ねる構成がとられています。そのため、読み手は単なる風景描写としてだけでなく、不可逆な時の流れや運命に対する詩人的視点を味わうことができます。巫山の霊気に満ちた風景が、過ぎ去った時代や幻のような思いを映し出す鏡のような役割を果たしているとも言えるでしょう。

一方で、詩に登場する具体的な地名や建築物、伝承は読者に歴史や地理への興味を喚起させます。白帝楼や天師壇などは実在の場所として記録に残り、当時の政治や宗教と密接に結びついていました。こうした史実と幻想の入り混じった世界観こそが、李賀の詩の魅力の一つです。読み進めるうちに、目の前の光景が神秘的な古代の幻影と重なり合い、人間の感情が歴史の流れの中で浮かび上がるように感じられるでしょう。

総じて、「巫山高」は、壮麗な自然と古の伝説を背景に、人間の儚さや歴史を交錯させることで、詩情豊かに展開されています。神秘と現実が同居する世界観の中で、時を超えた思いや後悔が凝縮された作品といえます。

要点

・自然と歴史、伝説が織りなす世界観を味わえる
・古典的モチーフから人間の感情を浮き彫りにする手法が学べる
・神秘的な風景描写を通じ、時の流れや運命への深い嘆息を感じ取れる
・白帝楼や天師壇といった史実の要素から、当時の宗教・文化背景に思いを馳せられる
・幻と現実が混在する独特の美意識を堪能しながら、詩に込められた余韻を味わうことができる

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