[古典名詩] 「ロンドン」 - 閉ざされた都市空間に映る人間の苦悩

ウィリアム・ブレイクの「ロンドン」は、『経験の歌（Songs of Experience）』に収録された詩のひとつで、産業革命期の都市における社会的不正や人間の苦しみを鋭く捉えています。詩の冒頭では“charter'd street”や“charter'd Thames”という言葉が象徴的に用いられ、人間の手によって支配され、規制される空間としてのロンドンが浮かび上がります。ブレイクは、そのような都市をさまよい歩く視点から、多くの人々の顔に刻み込まれた悲嘆や弱さを観察しています。

続く行では、“In every cry of every Man”や“Infant's cry of fear”といったフレーズを通じて、社会のあらゆる層で響く苦しみの声を描き出します。さらに、“The mind-forg'd manacles”という比喩は、物理的な束縛だけでなく、人々の精神が作り出す固定観念や抑圧を指し示し、都市に生きる者たちが見えない鎖に縛られている様子を暗示的に表現しています。

第三連では、煙突掃除人の叫びとすすで黒ずむ教会、そして不運な兵士の嘆息が“血”として宮殿の壁を汚染していくイメージが提示されます。これは、当時の社会が抱える矛盾や不公正を鋭く批判するものであり、教会や国家といった権威が弱者を救済できていない現実を暗喩しています。

最終連の若き娼婦の呪いと赤子の涙、そして婚礼の霊柩車という不気味なイメージの重なりは、希望に満ちるはずの誕生や結婚といった出来事さえも病や汚れで覆されるという絶望感を際立たせています。ここでブレイクは、都市の深い夜の空気の中に響く声や泣き声を提示し、読者に社会の暗部をまざまざと見せつけるのです。

こうした詩の構成は、当時のロンドンが抱えていた貧困や児童労働、性搾取、さらには宗教や政治への失望などを象徴的に凝縮しています。ブレイクは全体を通じて、人間社会が生み出す矛盾をアイロニカルな視線で捉えながら、ロマン主義の詩人としての独特な感受性を浮かび上がらせます。作品を読み解くとき、視野に入れたいのは、“charter'd”という言葉が持つ“所有される”あるいは“制約される”というニュアンスであり、都市が単なる街並みではなく、不正に形づくられた閉鎖的空間であるという暗示です。まさにその空間で、人々の心にも見えない“手錠”がかけられているというメタファーは、権力構造や社会システムへの批判として読み解くことができるでしょう。