[古典名詩] 蜀相(しょくしょう) - 蜀漢を支えた諸葛亮への追慕

The Prime Minister of Shu

The Prime Minister of Shu - Du Fu

/蜀相 - 杜甫/

丞相を偲び国の行方を慮る詩

丞相祠堂何处寻,
丞相の祠堂はいったいどこにあるのか、
Where can one seek the Chancellor’s shrine?
锦官城外柏森森。
錦官城の外には、鬱蒼とした柏が立ち並ぶ。
Outside Brocade City, cedars stand thick and dark.
映阶碧草自春色,
石段に映える碧草は、ひとり春の色をたたえ、
Grass of emerald hue reflects on the steps, bearing its own spring glow,
隔叶黄鹂空好音。
葉越しに聞こえる黄鶯の声が、むなしくも美しく響く。
Beyond the leaves, the oriole’s sweet call echoes in seeming emptiness.
三顾频烦天下计,
三たびの訪問は、たび重なる天下の策を討議し、
Thrice he was visited, burdened by all-under-heaven’s plans,
两朝开济老臣心。
二つの朝にまたがり、老臣の心を尽くして国を助けた。
Serving two reigns, the elder statesman gave his utmost for the realm.
出师未捷身先死,
出陣の功を果たさぬうちに、身は先に逝き、
He died before his troops could triumph,
长使英雄泪满襟。
いつまでも英雄たちの涙を、襟に満たし続けるのだ。
Leaving heroes forever with tear-stained robes.

『蜀相』は、杜甫(とほ)が蜀(いわゆる蜀漢)の丞相・諸葛亮(しょかつ りょう)の祠堂を訪ねた際の感慨を詠んだとされる七言律詩です。蜀漢の名宰相として歴史に名を残した諸葛亮は、劉備に三度まで招かれ(これを“三顧の礼”という)、最終的に蜀漢を支える軍師・政治家となりました。彼が智略を尽くしながらも志半ばで没したことは、『三国志』や関連する物語の中でもひときわ印象深いエピソードです。

詩の冒頭では、錦官城(きんかんじょう)周辺に鬱蒼と立ち並ぶ柏の木々の描写があり、そこにある諸葛亮の祠堂を探す杜甫の姿が浮かび上がります。春の気配を宿す碧草や、遠くから聞こえる黄鶯の歌声など、一見のどかな景色ですが、後半に進むにつれ、諸葛亮が国のために身を粉にして奔走した「三顧频烦天下计」「两朝开济老臣心」というフレーズが登場。そこからは、彼の尽力がいかに大きなものであったか、また大義に殉じた人生の重みが読み取れます。

杜甫自身もまた時代の大きな変動に翻弄された詩人でありながら、国を憂い、忠臣の生き方に心からの敬意を払っていました。締めくくりの「出师未捷身先死,长使英雄泪满襟。」は、武略を発揮しきれずに亡くなった諸葛亮の無念と、それを思う者の胸を打つ深い悲しみを凝縮した有名な名句です。まさに、蜀漢の行く末を一身に担い、死してなお人々の涙を誘う諸葛亮の姿が、杜甫の視線を通して鮮明に伝わってきます。

この詩には、蜀漢への愛着と、その礎を築いた諸葛亮への尊敬の念が端的に表れているだけでなく、杜甫が自らの時代を重ね合わせて嘆く姿も見え隠れします。歴史の大義を負いながら志を果たせなかった丞相の生涯を想起することで、安史の乱により混乱を極める唐の世に対する悲哀や、己の行く末への焦りもまた同時に深く感じ取ることができるのです。

要点

• 丞相・諸葛亮の偉大な功績と、果たせなかった大志を追悼
• 春の自然描写と歴史的場面が融合した、杜甫ならではの叙情
• “三顧の礼”や“出師未捷”など、三国志の重要エピソードを踏まえた背景
• 国を思う詩人の視線を通じて、歴史への深い敬意と同時代への憂いが交錯する名作

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