London, 1802 - William Wordsworth
ロンドン、一八〇二年 - ウィリアム・ワーズワース
London, 1802 - William Wordsworth
ロンドン、一八〇二年 - ウィリアム・ワーズワース
ウィリアム・ワーズワースのソネット「London, 1802(ロンドン、一八〇二年)」は、衰退しつつあるイングランドの現状と、ジョン・ミルトンへの郷愁を強く歌い上げた作品です。1802年当時のイングランドは、産業革命の進行や社会情勢の変化に伴い、伝統的な価値観が失われつつありました。ワーズワースは、古き良きイングランドを取り戻すためには、詩人にとっての理想的存在であるミルトンの高潔な精神が必要だと訴えています。
この詩の前半では、イングランドが“淀んだ湿地”のような状態に陥っていると厳しく描写されます。祭壇(信仰)や剣(武勇)、そしてペン(文化・文学)までもがその力を失い、内なる幸福を失った民衆は利己的になってしまったという批判が込められています。その混迷を深める祖国を憂うあまり、“ミルトンよ、今こそわれらのもとへ戻ってきてほしい”と詩人は切実に呼びかけるわけです。
後半では、ミルトンという人物像を、星のように孤高でありながら、あくまで謙虚に“人生の常の道”を歩む存在として描きます。彼の声は海のように雄大で、純粋な意志を持って社会を導くことができる。ワーズワースは、そうしたミルトンの徳や清らかさこそが、この停滞した世を再生へと導く鍵であると考えています。そして“礼節、徳、自由、力”を再び人々に与えてくれるよう、必死の思いを込めて呼び求めているのです。
ソネット形式の中で緊密にまとめられたこの詩は、当時の社会批評としても読めますが、同時にワーズワース自身の詩的信念が凝縮されています。ロマン派の詩人たちがしばしば掲げた理念、すなわち“人間の内的な真実”や“本質的な自由”を取り戻すための言葉が、祖国への愛と失望、そして求心的な呼びかけとなって表現されている点が大きな特徴です。詩の結びにおけるミルトンのイメージには、道徳的美徳と芸術的偉大さを併せ持った人物としての理想が凝縮されており、読む者に力強い余韻を残します。
ワーズワースはこの詩で、過去の偉大な精神を回顧するだけでなく、停滞の中から抜け出すための指針を示唆します。社会全体が利己心に飲み込まれる中、かつて存在した崇高な人間性や道徳心が救いとなる—そうした思いを一心に託した呼び声が、「London, 1802」の核心と言えるでしょう。
・腐敗しつつあるイングランド社会への強烈な批判と、理想的な人格の象徴としてのミルトンへの呼びかけが詩の骨子。
・ソネット形式を通じて、ワーズワースの祖国愛と、ロマン派特有の精神的再生の要請が明確に示される。
・停滞や利己心が蔓延する社会を打ち破るため、古き高潔な精神(ミルトンのような徳と自由の象徴)を取り戻すことを強く訴える作品。