[古典名詩] 水槛遣心二首(その一) - 静寂な川辺から遠い道を思う詩人の視線

Water-Rail to Let My Mind Wander (Part One)

Water-Rail to Let My Mind Wander (Part One) - Du Fu

/水槛遣心二首(其一) - 杜甫/

川辺の楼より眺める夕景に投じる憂いと思索

去郭轩楹敞,
城郭を離れた楼は広々とした軒と柱を備え、
Beyond the city walls, the pavilion stands open and spacious,
无村眺望赊。
村落の姿は見当たらず、遠くを見渡すばかり。
No village in sight—only distant vistas stretch on endlessly.
澄江平少岸,
澄んだ川の水面は穏やかで、岸もわずかに低く、
The clear river lies calm and level, its banks only gently rising,
幽树晚多花。
奥まった木々は夕暮れに花を多く咲かせる。
In hidden groves at dusk, blossoms abound on every bough.
去雁传声苦,
飛び立つ雁は物悲しい声を伝え、
Departing wild geese cry out, a plaintive note carried afar,
斜晖依草斜。
斜陽は草に寄り添うように傾いている。
While the slanting sun leans low upon the grasses.
东游仍未已,
東へと旅する身はいまだ定まらず、
Still I journey east, my travels seem unending,
挂席上天涯。
帆を掲げて、さらに遠く天の果てを目指すばかり。
Hoisting sail, I head onward to the edge of the sky.

この詩は、唐代の詩人・杜甫(とほ)が川辺の楼(建物)に身を寄せ、時に物憂げな思いを抱きながら周囲の風景を見つめる姿を描いた七言律詩『水槛遣心二首』のうちの第一首です。タイトルの「水槛(すいかん)」は、水辺に設けられた縁側や欄干のような場所を指し、そこに身を置いて「遣心」、すなわち心を晴らす、あるいは思いをやり過ごすという行為を示唆しています。

冒頭では「去郭轩楹敞」と、城郭から離れた広々とした建物に佇む光景が提示され、人里の気配が薄い閑寂な情景が続きます。澄み渡る川面と夕暮れの花々、そして遠くへと旅立つ雁の哀切な鳴き声など、自然の麗しさと寂しさが入り混じった叙景が特徴的です。杜甫特有の繊細な観察力は、この詩でもはっきりと感じ取れます。

後半に登場する「东游仍未已,挂席上天涯」の二句は、詩人自身の旅が終わりを迎えそうにない境遇を表すとともに、どこかあてどなく遠方へ向かう切実な心情が浮かび上がります。これは杜甫が流転の人生を強いられ、官途に失望しつつも生きていかなければならない複雑な状況を映し出しているのです。自然は美しく広大ですが、そこに浮かぶ詩人の姿には、やりきれない孤独感と、どこか諦観にも似た感慨がにじんでいます。

とはいえ、静寂で落ち着いた口調の中には、自然との触れ合いによって心を慰めようとする希望がかすかに感じられます。杜甫の詩にはしばしば厳しい社会批判や苦悩が表現されますが、こうした抒情詩では、自然や風景を通して一瞬の安らぎや美を見出す彼の繊細な感性が際立ちます。『水槛遣心二首(その一)』は、そのような杜甫の多面的な魅力を知るうえでも重要な作品のひとつといえるでしょう。

要点

• 都市を離れた川辺の静かな景色を背景に、詩人の寂寞と希望を描く
• 夕暮れ、花、雁の声といった叙景を巧みに組み合わせた繊細な描写
• 流浪の旅を余儀なくされた杜甫の心情が、最後の句で強く浮かぶ
• 自然美と人生の儚さを重ね合わせる杜甫の抒情詩の代表例

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