[古典名詩] 眠りの苦しみ - 詩の概要

The Pains of Sleep

The Pains of Sleep - Samuel Taylor Coleridge

眠りの苦しみ - サミュエル・テイラー・コールリッジ

夜毎に襲う闇と祈りが交差する魂の独白

Ere on my bed my limbs I lay,
横たわる前に、私の身体を寝床に預ける前、
It hath not been my use to pray
祈りを捧げる習慣はなかったのだ
With moving lips or bended knees;
声に出して唇を動かしたり、ひざまずいたりすることなく;
But silently, by slow degrees,
ただ黙々と、ゆっくりと、
My spirit I to Love compose,
私の魂を愛へと落ち着かせ、
In humble trust mine eye-lids close,
へりくだった信頼のうちに瞼を閉じる、
With reverential resignation,
畏敬を帯びた諦念とともに、
No wish conceived, no thought exprest!
何の望みも抱かず、言葉として表すこともなく!
Only a sense of supplication;
ただ一種の願い求める感覚だけがある、
A sense o’er all my soul imprest
その感覚が魂全体に刻み込まれ、
That I am weak, yet not unblest,
私は弱き存在、だが見捨てられてはいない、
Since in me, round me, everywhere
何故なら、私の内にも、周囲にも、あらゆる所に
Eternal Strength and Wisdom are.
永遠なる力と叡智が満ちているのだから。
But yester-night I pray’d aloud
だが昨夜は、声を上げて祈らずにいられなかった、
In anguish and in agony,
苦悶と苦痛のあまり、
Up-starting from the fiendish crowd
悪魔じみた幻影の群れから飛び起き、
Of shapes and thoughts that tortured me:
私を責め苛む姿や思考の数々を振り払うように:
A lurid light, a trampling throng,
陰惨な光、踏み荒らす人々、
Sense of intolerable wrong,
耐えがたい不正への感覚、
And whom I scorn’d, those only strong!
見下していた者たちだけが、なぜか強大な力を持っている!
Thirst of revenge, the powerless will
復讐心に燃え、だが意思は無力に縛られ、
Still baffled, and yet burning still!
うまく果たせず、それでもなお燃え続ける!
Desire with loathing strangely mix’d
嫌悪と渇望が奇妙に入り混じり、
On wild or hateful objects fix’d.
荒々しく、憎むべき対象へと執着する。
Fantastic passions! maddening brawl!
幻想のごとき激情! 狂気じみた争い!
And shame and terror over all!
そしてすべてを覆う恥辱と恐怖!
Deeds to be hid which were not hid,
隠されるべき行為が、あからさまにさらされ、
Which all confused I could not know
混乱の中で、私はそれが
Whether I suffer’d, or I did:
自分がやられているのか、やっているのかすら区別できない:
For all seem’d guilt, remorse or woe,
すべてが罪悪、後悔、あるいは悲嘆のように見え、
My own or others’ still the same
自分のものか、他人のものかさえ定かでなく、
Life-stifling fear, soul-stifling shame.
命を窒息させる恐怖と、魂を押し潰す恥辱が交錯した。
So two nights pass’d: the night’s dismay
こうして二晩が過ぎた:夜の恐怖は
Sadden’d and stunn’d the coming day.
訪れる昼をも陰鬱にし、打ちのめすほどだった。
Sleep, the wide blessing, seem’d to me
広く万人を潤すはずの眠りが、私には
Distemper’s worst calamity.
病んだ心をさらに蝕む災厄そのものに思えたのだ。
The third night, when my own loud scream
三夜目、私自身の大きな悲鳴で
Had waked me from the fiendish dream,
悪魔的な夢から目覚めたとき、
O’ercome with sufferings strange and wild,
奇妙で奔放な苦しみに圧倒され、
I wept as I had been a child;
幼子のように泣きじゃくった;
And having thus by tears subdued
そして涙によって苦痛を和らげたのち、
My anguish to a milder mood,
私の苦悩は、やや穏やかな心境へと鎮まった。
Such punishments, I said, were due
これほどの懲罰は当然のことなのだ、と私は思った、
To natures deepliest stain’d with sin:
深く罪に汚れた性(さが)にはこの報いがふさわしいと:
For aye entempesting anew
永遠に、また新たに荒れ狂わせては
The unfathomable hell within
心の底知れぬ地獄を呼び起こし、
The horror of their deeds to view,
自らの行為の恐怖を直視するのだから、
To know and loathe, yet wish and do!
理解し、忌み嫌う一方で、なおも願い、行ってしまうのだ!
Such griefs with such men well agree,
これほどの苦しみこそ、かくも邪悪な者たちにふさわしい、
But wherefore, wherefore fall on me?
だが、なぜ、なぜ私がそんな苦難を負わねばならないのだ?
To be beloved is all I need,
愛されること、それだけが私の望みなのに、
And whom I love, I love indeed.
そして、私が愛する者を、心から愛しているというのに。

サミュエル・テイラー・コールリッジの「The Pains of Sleep(眠りの苦しみ)」は、夜ごとに襲われる悪夢や内面的な葛藤を通じて、人間の罪意識や救済への渇望を描いた抒情詩です。3つの連(スタンザ)で構成され、前半では静かに祈りに近い内省の状態からはじまり、次第に恐怖と苦痛が募る悪夢の情景が露わになります。

第一連では、コールリッジの普段の習慣として、正式な祈りの言葉こそ口にしないまでも、静かに瞼を閉じて愛や神聖な力を内面に感じ取ろうとしている姿が示されます。彼は自らが弱い存在であることを認めつつも、大いなる力に包まれている安心感を強く訴えます。これは、ロマン派詩人としてのコールリッジが“自然や神”と深い交感を持つときの基本的な姿勢と言えます。

第二連では一転して、深夜に襲う凄惨な夢の描写が連なります。自分を責め立てる思考や姿が次々と湧き起こり、復讐心や嫌悪感が入り乱れ、正気を脅かすほどの苦痛に苛まれる様子が克明に描かれます。この悪夢の中では、罪や後悔、恥といった概念が自他の境界をあいまいにし、“自分が加害者なのか被害者なのか”すら定まらなくなる恐ろしさが浮かび上がります。

第三連では、三晩目にして悲鳴で飛び起き、自分が子どものように泣きじゃくる場面を迎えます。そこでコールリッジは、このような苦痛は“深い罪を犯した者への罰”にこそふさわしいのではないかと考え、自分がその苦痛を受ける理由に苦悩します。しかし、最後には「愛されたい」という思いがすべてであることを自覚し、それにもかかわらず苦しみが襲う理由が分からないという絶望感を吐露して詩を閉じます。ここには、コールリッジの抱える内的な罪悪感や、人間存在に付きまとう“救いの不確かさ”が色濃く反映されているのです。

「The Pains of Sleep」は、コールリッジ自身が当時アヘンなどを服用していた影響や、繊細な精神のバランスを崩しがちだった状況を示唆しているとも言われます。ロマン派詩の特徴である内面の探求が、悪夢という極限の舞台で生々しく描かれており、同時に“神の庇護”や“他者に愛されること”を求める思いが、儚くも強く響き渡る作品です。

要点

・普段は安らかな信仰に包まれる詩人が、深夜に襲われる悪夢を通じて自我の不安定さや罪悪感を鋭く体感する。
・二連目に描かれる悪夢の情景は、復讐心や嫌悪、罪意識が混淆し、自己と他者の境界すら曖昧になる恐怖を表す。
・最後には“愛されること”への素朴な望みを強調しながらも、その思いがなぜこんな苦痛を招くのか答えは得られず、人間の魂の孤独が際立つ。

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