苏小小墓 - 李贺
蘇小小墓(そしょうしょうぼ) - 李賀(りが)
苏小小墓 - 李贺
蘇小小墓(そしょうしょうぼ) - 李賀(りが)
「蘇小小墓(そしょうしょうぼ)」は、唐代中期の詩人・李賀(りが)が、西子湖(現在の杭州にある西湖)のほとりに眠る名妓・蘇小小の墓を題材に創作したと伝えられる作品です。蘇小小は南斉時代(5世紀頃)の人物とされ、その美貌と儚い恋物語が伝説化されて多くの詩文に取り上げられてきました。李賀は特有の幻想性と哀感に満ちた筆致で、荒れ果てた墓所と、そこに宿る昔日の気配を交錯させ、独自の詩情を生み出しています。
冒頭の「青塚依稀地不分」は、蘇小小の墓が深い緑に覆われ、時の経過によって境界すら曖昧になっている様子を描きます。西子湖畔は優美な風景で知られますが、この詩では荒涼とした情景が強調され、伝説の女を偲ぶ哀愁が濃く漂います。続いて「荒煙野草閉清門」と続くことで、かつての栄華を示す痕跡が静寂のうちに閉ざされている状況を、視覚的かつ象徴的に表現しています。
李賀独特の幻想的イメージは、「孤魂時跨木蘭雲」という句に顕著に表れます。孤独な魂が雲に乗る光景は、現実世界と異界との境を曖昧にし、蘇小小の霊が今も湖畔をさまよっているかのような雰囲気を醸し出します。さらに、夜の気配を伴いながら桐の影が細く伸びる様子や、枯葉が風に流される場面は、時間や季節の移り変わりを繊細に捉え、読者の感覚を冴え渡らせる要素となっています。
終盤では「昔年驕馬歌樓顧」という一節で、かつて華やかな時代を誇った者がいたことを暗示し、蘇小小が愛馬で街を闊歩し、人々の注目を集めた往時をわずかに想起させます。しかし結句の「今夕羅襟對楚塵」によって、目に見えるのは朽ち果てた風景と、ただ蘇小小の魂が向き合う“楚の塵”――すなわち遠く隔たった故郷の地の空気や異郷の空しさ――であることを強調します。こうした過去と現在、華やかさと空虚の対比がこの詩の大きな魅力であり、李賀が得意とする“華麗と陰鬱の交錯”が存分に発揮されています。
蘇小小は、唐代の詩人たちにとっても憧憬と哀傷の対象としてしばしば題材とされてきましたが、李賀の筆は特に幻想性を高め、幽玄なムードを造形しています。彼の詩風はしばしば“鬼才”や“詩鬼”と評され、伝説や神話を背景に、独創的な言語表現を展開する点が特徴です。この作品においても、ただの美談や悲恋譚にとどまらず、あの世とこの世が交錯するような神秘的世界観が際立ち、短い詩句の中に豊かなドラマ性を凝縮しているのです。
・蘇小小の伝説を幻想的に描いた李賀の代表的作品のひとつ
・荒涼とした西子湖畔の情景と哀感が強く結びつく
・生と死、過去と現在の対比が織り込まれ、華麗と陰鬱が交錯
・李賀特有の神話的・幻妖的なイメージが際立ち、“詩鬼”の真骨頂を示す
・蘇小小という歴史上の名妓を通じ、伝説と実在の境界を揺さぶる詩的表現が魅力