[古典名詩] 籌筆驛 - 諸葛亮にまつわる地と伝えられる「籌筆驛」で綴られた喪失感の詩

Chou Bi Post Station

Chou Bi Post Station - Li Shangyin

/筹笔驿 - 李商隐/

英雄の遺跡と時の無常を嘆く深い抒情詩

猿鳥猶疑畏簡書,
猿や鳥たちは今もなお、官命の書を恐れ疑っている。
Monkeys and birds still cower in fear of the official edicts.
風塵無復舊來疏。
時の塵埃はかつての平穏を覆し、もはや隔たりはない。
The dust of changing times has erased the once distant calm.
古人暗與今人換,
知らぬ間に昔の人は去り、今の人と入れ替わっている。
Unnoticed, those of old have yielded their place to the present.
詞客登場更自如。
詩人は舞台に登り、自在に言葉を操る。
The poet steps onto the stage, moving freely with words.
穿地蛟龍猶伏蛰,
地中を這う蛟龍はまだ冬眠から目覚めず、潜み続ける。
The earth-boring dragon remains in hibernation, hidden away beneath.
昂頭牛斗已成虚。
頭を上げて牛斗星を仰げば、その輝きさえ今は虚しさを感じさせる。
Lifting one’s gaze toward the Ox and Dipper, their brilliance now feels hollow.
莫愁未晚頭先白,
時はまだ暮れていないのに、すでに白髪を嘆くことになろうとは。
Though it seems not too late, white hairs appear sooner than expected.
独抱悲懷自叹余。
ただ一人、悲しみを抱えて嘆息するばかりである。
Alone, I hold my grief close and sigh in solitude.

「籌筆驛(ちゅうひつえき)」は、蜀の諸葛亮がかつて戦略を練った場所とも言われる史跡で、李商隱はこの地を題材にして、過去と現在を対比しながら人生の無常を嘆き、歴史の興亡を抒情的に描き出しています。詩の冒頭で登場する猿や鳥は、戦乱や政令の恐ろしさを人知れず感じ取っている存在として表される一方、今やすでに風塵が満ち、当時の平穏や旧時代の隔たりは取り戻せないと嘆く様子が描かれます。

続く句では、「古人暗與今人換」と、かつて偉業を成した人々と現代の人々がいつの間にかすり替わっていることを暗示し、「詞客登場更自如」と詩人が己の感慨を自由に表現する姿が対照的に示されています。栄華も人も時の流れとともに変わりゆく中で、現在を生きる詩人だけがその思いを言葉にできるのです。

中盤以降では、地中に潜む蛟龍(こうりゅう)や牛斗星など、スケールの大きな自然や天象が登場しながらも、そこにあるのは虚しさや儚さです。「莫愁未晚頭先白」は、まだ若いつもりでもすでに白髪を抱える人生の無情を表現し、最後の一句で作者が「独抱悲懷自叹余」と嘆くさまは、歴史に翻弄される人間の姿を象徴的に映し出します。

蜀漢を代表する軍師であった諸葛亮の時代と、李商隱が生きた晩唐の時代は、いずれも国が動乱と衰退へ向かう過程にあったと言えます。彼はこの詩の中で、かつての英雄が築いた栄光と自らを取り巻く混乱や無常を重ね合わせています。偉大な過去の記憶や伝説があるからこそ、現実の乱世がいっそう悲哀を伴って感じられるのです。

李商隱の作品には、美しくも象徴的な表現を用いて、直接的には言い尽くされない複雑な感情が込められていることが多いのが特徴です。この「籌筆驛」もまた、一見すると歴史と自然を描いているようで、そこに自らの孤独や悲しみ、そして憂国の念を暗に重ねた詩と読むことができます。詩人の深い悲哀と、時間の流れの前に無力な人間の姿が重なり、読む者に余韻と感慨を与える名作といえるでしょう。

要点

・諸葛亮ゆかりの地である「籌筆驛」に寄せた歴史の興亡への嘆き
・猿や鳥、蛟龍、星々など自然描写と人間の運命が交錯
・李商隱特有の美しく神秘的な象徴表現
・晩唐特有の憂国の念や無常観を凝縮した作品
・英雄の足跡を追いつつも、自らの孤独を詩情へと昇華する姿

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