[古典名詩] 「幼子の悲しみ」 - 誕生直後に表出する幼子の苦悩を描いた詩の概要

Infant Sorrow

Infant Sorrow - William Blake

「幼子の悲しみ」 - ウィリアム・ブレイク

誕生の衝撃と苦悩が交錯する寓意深い詩

My mother groand! my father wept:
母はうめき、父は泣きぬ;
Into the dangerous world I leapt;
危険なこの世界へ、わたしは飛び出した;
Helpless, naked, piping loud;
無力で裸のまま、大きな声を上げながら;
Like a fiend hid in a cloud.
まるで雲の中に潜む悪魔のように。
Struggling in my father’s hands,
父の手の中で身をよじり、
Striving against my swaddling bands,
産着の束縛に抗おうともがき、
Bound and weary I thought best
縛られ疲れ果て、わたしが選んだのは
To sulk upon my mother’s breast.
母の胸に身を寄せ、ふくれっ面をすることだった。

「幼子の悲しみ(Infant Sorrow)」は、ウィリアム・ブレイクの『経験の歌(Songs of Experience)』に収録された短い詩で、生まれ出る瞬間に子どもが抱える苦しみと不安を象徴的に表現しています。対となる『無垢の歌』の「幼子の歓び(Infant Joy)」が誕生の喜びと祝福を描いているのに対し、本作では同じ誕生という場面であっても、世界の危険や束縛を意識したネガティブな面が強調されている点が特徴です。

冒頭では母の苦悶の声と父の涙が登場し、“危険なこの世界”へと飛び込む子どもの姿が示されます。これは誕生をめぐる光景を、祝福ではなく困難や苦痛という視点で捉えており、まるで「雲の中に潜む悪魔のように」という大胆な比喩は、純真さとは逆のダークなイメージを演出しています。ブレイクの詩作に見られる二面性の一端が、ここでは強烈に表現されていると言えるでしょう。

続く行では、父の手に抱かれながらも産着に縛られ、それに抗う子どもの様子が描かれます。これは、まだ何者にもなりきっていない幼子が、すでに社会や家族、身体的制約などの外部的要因に阻まれている姿を暗示していると解釈できます。そんな中、最後には「母の胸に身を寄せ、ふくれっ面をする」という選択をすることで、かろうじて自我と安息を得ようとしているのです。ここには、無力な存在がどのようにして世界と折り合いをつけるのかという問いが込められています。

「幼子の悲しみ」は、ごく短い作品ながらも、ブレイクの根源的なテーマである「無垢」と「経験」がはらむ対立をダイレクトに感じ取れる詩です。誕生を喜びとして捉える視点がある一方、同じ誕生が苦悩や不安の始まりであるという見方を提示することで、読者に「どちらも人間の真実の一部である」という事実を感じさせます。ブレイクは、子どもの視点から世界のありようを問うことで、社会的・宗教的制約に縛られる人間の存在を浮き彫りにし、当時の権威主義的な価値観や道徳観に一石を投じているのです。

また、この詩は他の“経験”の作品とあわせて読むことで、ブレイクの持つ風刺精神や社会批判の側面がより明確になります。子どもの誕生という究極に純粋な出来事でさえ、周囲の状況によっては悲痛な状態として受け止められるのだ、という点を示す本作は、多面的な読みが可能であり、人生の最初の瞬間からはじまる苦悩の本質を問う詩とも言えるでしょう。わずか八行に込められたイメージと対比は、ブレイクの詩人としての豊かな想像力と洞察力を今なお印象づけています。

要点

• 同じ誕生を扱う「幼子の歓び」と対照的に、苦悩や束縛を強調
• 親の嘆きと危険な世界への飛び込みが、誕生の不安定さを象徴
• 子どもが外部の圧力に抗いながらも母の胸に逃避する様子に、人間の無力さと自我の芽生えを感じ取れる
• ブレイクの「無垢」と「経験」の二元論が短い詩の中で鮮烈に描かれ、読者に深い思索を促す

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