[古典名詩] 酔花陰(薄霧濃雲、憂いの永き昼) - 詩の概要

Drunken Under the Flower Shade (Thin Mists, Dense Clouds, a Day Heavy with Sorrow)

醉花阴(薄雾浓云愁永昼) - 李清照

酔花陰(薄霧濃雲、憂いの永き昼) - 李清照(り せいしょう)

秋の深まる気配に揺れる心情を映し出す優美な詩作

薄雾浓云愁永昼,
薄霧と濃い雲が立ち込め、憂いに満ちた長い昼。
Veiled in mist and heavy clouds, the long day weighs in sorrow.
瑞脑消金兽。
瑞腦の香が金の香炉でくゆり尽きる。
Fragrant incense burns low in the golden censer.
佳节又重阳,
また重陽の佳節が巡り来たが、
Once more, the Double Ninth Festival has arrived,
玉枕纱厨,半夜凉初透。
玉の枕と絹の帳の内にも、深夜には初めての冷気が忍び寄る。
Within silk curtains and jade pillows, the midnight chill gently seeps in.
东篱把酒黄昏后,
黄昏を過ぎ、東の垣根のほとりで酒を傾けると、
At dusk, I raise my cup by the eastern hedge,
有暗香盈袖。
ほのかな花の香りが袖いっぱいに広がる。
Faint floral fragrance fills my sleeves.
莫道不消魂,
魂を悩ませぬなどと誰が言えるだろう、
Who can claim it does not stir the soul?
帘卷西风,人比黄花瘦。
簾を巻けば西風が吹き込み、菊の花よりもやつれた我が身があるばかり。
Drawing back the curtain to the western breeze—how much thinner I am than the chrysanthemums.

この詞「酔花陰(薄霧濃雲、憂いの永き昼)」は、中国宋代の女流詞人・李清照(り せいしょう)が、秋の深まる気配と心情の揺れを繊細に重ね合わせて描いた名作です。題名の「酔花陰」は詞牌(しはい)の一種であり、その下に付された「薄霧濃雲愁永昼」という冒頭句が作品全体の叙情を暗示しています。

冒頭の「薄霧濃云愁永昼」からは、秋の長い昼下がりが濃い雲と霧で包まれ、憂いを帯びたまま過ぎていく情景が浮かび上がります。金の香炉に焚かれている香も、佳節である重陽を象徴しながら、やがて消えゆく運命にあるように、ものの儚さを暗示しています。

続く部分では、深夜の冷気が初めて布越しに肌を冷やす様子を通じて、作者の孤独な心境が際立ちます。重陽という祝祭の華やかさとは裏腹に、ひとり静かに身を置くさまが、かえって季節の変わり目に漂う寂しさを強調していると言えます。東の垣根で酒を傾けるときに漂う「暗香」は、一見すると風雅なイメージを伴いますが、その香りが袖いっぱいに広がるほど、かえって心の虚しさや切なさを募らせているようにも感じられます。

「莫道不消魂」は、秋の風情や季節の物悲しさが、魂を揺さぶらずにはいられないほど深いものであることを示唆する一節です。最後の「帘卷西风,人比黄花瘦」では、秋の花である菊と自分自身を対比させることで、やつれていく姿がいっそう印象的に描かれています。李清照は、過去の栄華や故郷への思い、さらには夫との別離や社会動乱など、多くの苦難を経験しましたが、そうした人生の陰影が、この詞にも深く影を落としていると考えられます。

一方で、彼女の作品は単なる嘆きに終わらず、繊細な自然描写や象徴的な小道具(香炉、蘭舟など)を通じて、古今の読者の心を揺さぶり続けてきました。「酔花陰」は、しとしとと降り積もる秋の寂寥感と、そこに寄り添う内なる想いを見事に融合させた好例です。読者は、まるで自分が秋の薄暗い昼下がりや深夜の冷気を肌で感じるかのように、情景のなかへ引き込まれていくでしょう。

李清照が紡ぎ出す言葉の妙は、素朴な言語表現でありながら豊かな余韻を生み出すところにあり、情景描写と心情表現とのバランスが非常に優れています。秋という季節は移ろいと別離の象徴でもあり、その機微を巧みに捉えることで、この詞は普遍的な感動を呼び起こすものとなっています。秋の夜長、あるいは薄曇りの昼下がりに読み返すと、さらに味わい深さを感じられることでしょう。

要点

・秋の深まりとともに募る切なさと孤独を繊細に描写
・重陽節の華やかさとは裏腹に、物寂しい雰囲気を強調
・自然のモチーフ(霧、雲、菊など)を通じて心情を象徴的に表現
・李清照の特徴である柔らかくも深い余韻を残す文体が魅力

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