[古典名詩] 行香子(ぎょうこうし)(草際の蟋蟀) - 詩の概要と背景

Walking with Incense (Crickets Sing among the Grass)

行香子(草际鸣蛩) - 李清照

行香子(ぎょうこうし)(草際の蟋蟀) - 李清照(り せいしょう)

夜の虫声が伝える秋の哀愁、心奥へ届く抒情

草際鳴蛩,驚落梧桐,
草むらのほとりでコオロギが鳴き、驚かされた梧桐の葉がはらりと落ちる。
At the grass’s edge crickets chirp; startled, parasol leaves drift down.
正人間、天上愁濃。
まさに人の世も天の上も、憂いに満ちているかのようだ。
Surely both earth and sky alike are steeped in sorrow.
雁聲遠去,心事誰同?
雁の声ははるか彼方へ消え、胸に抱く想いを分かち合う相手は誰もいない。
Geese cry into the distance—who can share my heart’s burden?
縹緲銀河,迢迢玉宇,何處相逢?
はるかに続く天の川、遠く離れた玉の宮殿。いったいどこで再び出会えるのだろう。
The Milky Way stretches faint and far, jade palaces loom distant—where shall we meet again?
判得梅花,辛苦香中。
梅の花が放つ清らかな香りは、苦難を乗り越えてこそ真価がわかる。
Only through enduring hardship can one truly comprehend the plum’s poignant fragrance.
又何須、綺羅損容?
飾り立てて外見を損なうよりも、大切にすべきものがあるのではないか。
Why diminish one’s true self with merely ornate adornments?
誤他年少,半點溫柔。
若い頃の些細な優しさが、かえって誤りへと導いてしまった。
A small kindness in youth led instead to a fateful misstep.
守著殘燈,守著孤枕,守著空衾。
消えかけた灯火と孤独な枕、虚ろな衾(ふとん)に身を寄せて、ただひとり夜を過ごす。
Tending a dim lamp, alone with an empty pillow and vacant quilt, passing the night in solitude.

李清照(り せいしょう)は宋代を代表する女性詞人であり、その作品は細やかな情感や優美な自然描写で高く評価されています。「行香子(草際の蟋蟀)」は、秋の深まりを象徴するコオロギの鳴き声や、落ちる梧桐の葉など、寂寥とした季節感を下地に、作者の内面に渦巻く孤独や切なさを映し出した詞です。

冒頭で草際の蟋蟀が鳴く情景が描かれ、そこに驚かされて落ちる梧桐の葉という、さりげないながらも印象的な自然の動きが詩の雰囲気を決定づけます。さらに「正人間、天上愁濃」では、人の世ばかりか天界にすら憂いが漂うという大きな視点が盛り込まれ、個人的な感情をより広い世界観へとつなげています。

中盤で雁が遠くへ去る様子とともに、「誰がこの想いを分かち合ってくれるのか」という問いが提示されると、読者は作者の孤高の心境に引き込まれます。銀河や玉の宮殿といったはるかな世界を夢想しながら、再会の可能性を問いかけるくだりは、希望と諦観がないまぜになった繊細な感情を暗示していると考えられます。

後半では梅の花が登場し、「辛苦香中」という表現が象徴的に用いられます。これは梅が厳しい寒さの中でこそ芳香を放つように、人間も苦難を経てこそ得られる美しさがあるという暗喩とも受け取れるでしょう。一方で「綺羅損容」をはじめとする言葉からは、過度な装いよりも内面的な真価を重視する作者の哲学が感じられます。

最後の「守著殘燈,守著孤枕,守著空衾」という三つのフレーズの連なりは、夜の深まりとともに募る寂しさを余すところなく描きつつ、ひとり静かに感情を見つめ続ける作者の姿が鮮明に浮かび上がる場面です。こうした終わり方は、李清照の作品全般に通じる“孤高の美”や繊細な感傷を象徴していると言えます。限られた言葉数のなかで巧みに表現される秋の情緒と内面の思いが、本作の最大の魅力でしょう。

要点

・コオロギの鳴き声や落ち葉で秋の深い寂寥感を強調
・梅の花を通じて、苦難を経て得られる美や心情を象徴的に表現
・夜の孤独を“残燈・孤枕・空衾”で描き、李清照独特の繊細な哀愁がにじみ出ている

シェア
楽しい時は時間が経つのが早いですね!
利用可能な言語
おすすめ動画
more