[古典名詩] 新婚別(しんこんべつ) - 征夫に嫁ぐ悲しみを描く哀愁の詩

Newlywed Parting

Newlywed Parting - Du Fu

/新婚别 - 杜甫/

若き夫婦を裂く遠征の嘆き

兔絲附蓬麻,
兔絲(とし)は蓬(よもぎ)や麻に絡みつき、
The dodder vine clings to mugwort or hemp,
引蔓故不長。
蔓を伸ばそうとするも、だからこそ大きくは育たない。
Extending its tendrils, yet thus it never truly grows tall.
嫁女與征夫,
娘を出征の夫に嫁がせるのは、
To marry a daughter off to a soldier on campaign,
不如棄路旁。
いっそ路傍に捨てるよりもつらいことだ。
Is scarcely better than casting her away by the roadside.
結髮為夫妻,
髪を結い合い夫婦となり、
From the moment we tied our hair as a sign of wedlock,
恩愛兩不疑。
互いの愛を疑うことなどなかった。
No shadow of doubt ever darkened our shared devotion.
新人如在門,
新婦は門のそばにいて、
A new bride stands at the gate,
開顏與君持。
笑顔を湛え、あなたを迎えるはずだったのに。
With a gentle smile, ever ready to greet you.
一朝去百里,
ある朝、あなたは百里先へ旅立ち、
But one morning, you depart a hundred miles away,
千里不留行。
さらに遠く千里の地までも留まることなく進む。
And beyond, for a thousand miles, you do not linger at all.
淮南秋夜雨,
淮南の地には秋の夜雨が降り続き、
In Huainan, autumn rains fall through the night,
高城落葉聲。
高い城壁には落葉の音がこだまする。
Above lofty walls, the rustling of fallen leaves echoes.
君行雖云樂,
あなたの旅路がいかに楽しきものといえど、
Though they say your journey may be full of cheer,
不如早旋歸。
やはり早く戻るに越したことはないでしょう。
It cannot compare with returning home soon.
君看石壕吏,
石壕の里で見るあの役人を思い出してください、
Recall the bailiff at Shih-hao,
無乃令妾悲?
妾(わたし)をさらに悲しませることになるのではありませんか。
Lest he bring even greater sorrow upon me?

杜甫(とほ)の代表的な連作詩「三別(さんべつ)」のひとつとして数えられる『新婚別』は、新婚の夫婦が戦乱による召集で引き裂かれる悲劇を描いた作品です。五言の絶句や律詩が多い杜甫の中でも、本作は五言古詩の形式で、全16行にわたり切々とした思いが込められています。

序盤の「兔絲附蓬麻」では寄り添う植物を例に、深く結びつくはずだった夫婦のはかない絆を暗示しつつ、続く「嫁女與征夫,不如棄路旁」の激しい嘆きでは、娘を戦地に赴く夫に嫁がせるという過酷な現実を一気に突きつけます。安史の乱(あんしのらん)による混乱が長引くなか、出征によって夫婦愛が引き裂かれる構図は、当時の人々にとってけっして他人事ではありませんでした。

中盤の「結髮為夫妻,恩愛兩不疑」は、夫婦の誓いの深さを端的に示す一方、「一朝去百里,千里不留行」には、あっという間に夫が遠征へと駆り出される無情があらわされています。夫を送り出す新婦の思いは、わずかな笑顔とともに切なさへと変わるばかり。秋の夜雨に落葉の音が加わる淮南(わいなん)の景色は、一層の寂寞感を漂わせます。

終盤では、夫の旅路がどれほど楽しそうでも、早く帰るに越したことはないという切実な願いが「不如早旋歸」で強調されます。そして「君看石壕吏,無乃令妾悲?」によって、戦乱と官吏の横暴に翻弄される妻の恐怖が最高潮に達します。石壕の里での辛辣なエピソード(杜甫の詩「石壕吏」にも描写がある)は、庶民がいかに厳しい徴発や支配を受けたかを象徴的に示すエピソードでした。

本作の特徴は、悲嘆をストレートに吐露しながらも、草木や秋の風情を織り込むことで詩情を高めている点にあります。杜甫は「詩聖」と称されるほど社会的・政治的テーマを扱うことが多い詩人ですが、一方でこうした生活者目線の家庭的な悲しみを描く場面でも筆致は冴えわたり、読者の胸に訴えかける力を持ちます。

まさに「新婚でありながら離別を強いられる」という極限の状況下で、妻の苦悩はそれまでの穏やかな日常との落差によって一層痛切に響きます。夫の出征は国家の都合であり、庶民にとっては選択の余地がない非情な現実です。だからこそ、残された妻の側に注がれる詩人のまなざしには、普遍的な哀愁と社会への嘆きが溶け合っているのです。読後に残る切なさや無力感は、時代を超えて多くの読者に共感を呼び続けています。

要点

• 安史の乱による戦乱で、新婚の夫婦が引き裂かれる切実な哀しみ
• 『三別』の一篇として、生活者目線の苦悩をリアルに描写
• 秋夜の風景描写が寂寞感を増幅させ、妻の嘆きを強調
• 杜甫の社会性と人間味が融合した代表的作品のひとつ

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