[古典名詩] 定風波(ていふうは)「自春来」 - 詩の概要

Song of Steady Wind (Since Spring Arrived)

定风波(自春来) - 柳永

定風波(ていふうは)「自春来」 - 柳永(りゅう えい)

春の訪れと離愁が交錯する宋代の繊細な詞

自春来,惨绿愁红,芳心是事可可。
春の到来とともに、緑は色を失い、紅には憂いが混じる。花の心もどうしたものかと戸惑うばかり。
Since spring arrived, green pales and red grows sorrowful; the flowers’ tender heart, uncertain what to do.
日上花梢,莺穿柳带,犹压香衾卧。
日は花の梢を照らし、柳帯をくぐる鶯(うぐいす)の声も聞こえるが、なおも香り高い衾(ふすま)を押し伏せて寝入っている。
The sun reaches the tips of blossoms; orioles pass through bands of willow, yet I remain in bed, beneath fragrant covers.
暖酥消,腻云亸,寝恹恹、谁见嫣然微和?
温かな肌はしっとりと溶け、艶やかな髪も解(ほど)け、惰眠のまま――誰がこのほのかな微笑みを見つけられよう。
Warm, creamy skin seems to melt; lustrous tresses loosen. Languidly I lie—who would catch a gentle smile upon my lips?
但一片,伤春意绪,拟托惊鸦诉。
ただ残るのは、春を嘆く思いのかけらのみ。驚き飛ぶ烏にでも託して、この胸の嘆きを伝えたい。
All that remains is a sliver of spring grief; I would entrust it to startled crows, wishing they could carry my lament.
离恨长,不堪萦绊,离魂难聚又。
別離の恨みは長く、絡み付く憂いは耐えがたく、離れた魂はまたもや一つに戻れない。
My parting sorrow runs long, entangling me unbearably, my sundered soul cannot reunite once more.
纵莺莺燕燕,好花天,犹阻佳期久。
鶯も燕もさえずる良い季節、花は美しく咲き誇れど、楽しき逢瀬は遠く妨げられたまま。
Though orioles and swallows fill these bright days of blossoms, that long-awaited tryst remains out of reach.
算春来,偏作别离愁,却残衾空抱。
思えば春の訪れは、かえって別離の愁いを際立たせる。残された寝具をただ虚しく抱いているのだ。
Indeed, spring’s arrival only magnifies our parting grief. I clutch empty bedding in vain.
暗销凝香梦。
秘めた香りの夢も、暗闇のうちに消えてゆく。
In the dim hush, even my fragrant dreams dissolve into nothingness.

「定風波(ていふうは)『自春来』」は、北宋の詞人・柳永(りゅう えい)が、春の深まりとともに募る離愁・恋情を描いた作品です。宋詞の定型である曲牌「定風波」は、抒情性豊かな詞が数多く創作されてきましたが、本作は特に、春の美しさとその裏側に潜む憂いを巧みに対比させている点で大きな魅力を放っています。

冒頭の「自春来,惨绿愁红」という語り口から、花が彩る春のはずがどこか影を帯び、恋心や哀愁が交錯する世界観が広がります。日の光が差し込み、小鳥がさえずっても、作者はなお衾を被って起きられないという描写からは、現実の華やぎとは裏腹に心が晴れない様子が伝わってきます。さらに、肌や髪に関わる繊細な描写によって、読者は親密で官能的な雰囲気を垣間見ると同時に、当人が抱える寂しさや期待外れの思いを鋭く感じ取ることでしょう。

中盤では「伤春意绪(春を嘆く思い)」が強調され、また離別による魂の分離や再会の難しさが一層深い嘆きとして吐露されます。「纵莺莺燕燕,好花天」といった華やかな季節のイメージに対し、「犹阻佳期久(良い逢瀬が長らく妨げられる)」という事態が続くことで、自然と人間の愛のもどかしさが対比され、読む者の感情をかき立てる構成となっています。

終盤の「算春来,偏作别离愁,却残衾空抱。」では、春こそが逆に離愁を際立たせる皮肉な存在となっていることが端的に描写され、ベッドに残された寝具にしがみつく姿が切実に示されています。最後に「暗销凝香梦。」と結ぶことで、心の奥底に秘めた香り高い夢すらも静かに消えていく結末が、深い余韻を読者に残します。

柳永は、宮廷という権威的な空間よりも、民間の人々や歌女の間で多く歌われ、広く親しまれた詞人でした。本作も、官能的な表現と淡い哀愁が織りなす世界観が大きな特徴で、宋代の都市文化を背景にした人々のリアルな感情が息づいていることを感じさせます。わずか数十行の詩句ながら、見る者・聴く者に鮮明な情景を喚起させるその力強さが、柳永作品の持つ強い魅力なのです。

要点

・春の鮮やかな景色とは裏腹に、恋や別離の悲しみが深まる様子が強く対比されている
・肌や髪への細やかな描写による官能的な雰囲気と、心を塞ぐ憂いが同居
・「纵莺莺燕燕,好花天,犹阻佳期久」など、自然の華やかさと人の哀情を交錯させる表現が印象的
・寝具を抱きしめる行為や香り高い夢の消失が、失われる愛の儚さを象徴
・柳永の詞が民間で絶大な人気を誇った理由を示す、叙情性と余韻に富んだ佳作

シェア
楽しい時は時間が経つのが早いですね!
利用可能な言語
おすすめ動画
more