[古典名詩] 憶江南(その一) - 美しき江南の情景を映す詩

Remembrance of Jiangnan (No. 1)

忆江南(其一) - 白居易

憶江南(その一) - 白居易(はくきょい)

郷愁と春の彩りが交差する景色

江南好,風景旧曾諳。
江南は良いところ、かつて馴染みの景色が広がる。
How lovely is Jiangnan—a scene once so familiar.
日出江花紅勝火,
朝日が昇ると、川辺に咲く花は炎よりも赤く、
When the sun rises, the blossoms by the river are redder than fire,
春来江水緑如藍。
春が訪れると、川の水は藍のように青々として、
And in spring, the waters turn a green as deep as indigo,
能不憶江南?
どうして江南を懐かしまないでいられようか。
How could one not long for Jiangnan?

この詩は白居易(はくきょい)が作った『憶江南』三首のうち最も有名な第一首で、詩題の「江南」は長江下流域に広がる豊かな水郷地帯を指しています。中国唐代を代表する詩人の一人である白居易は、平易な言葉遣いと情感豊かな描写で多くの読者に愛されました。

まず第一行では、江南という土地への深い愛着が率直に示されています。「風景旧曾諳(かつて見知った風景)」という表現からは、まるでそこに暮らしていた頃の記憶が鮮明に蘇るかのような郷愁が伝わってきます。そこに続く第二行の「日出江花紅勝火」では、朝日を浴びた川辺の花が炎のごとく真紅に染まる光景が描かれ、読者は詩中の鮮烈な情景に引き込まれます。

第三行「春来江水緑如藍」では、春になると江の水が藍の染料のように深緑色を帯びる様子が語られます。自然の生気と美しさがあふれる江南の春は、詩人にとって心の故郷とも言える光景でした。その後に続く最終行「能不憶江南?」は、反語の形を用いて「どうして江南を想わずにいられるだろうか」と問いかけます。作者の故郷への思慕が最高潮に達し、読者の胸にも深い郷愁を喚起する締めくくりとなっています。

白居易は官僚として多くの政治改革にも関わった一方、地方に左遷された経験を持ち、流転の人生を送りました。そんな彼にとって、かつて暮らした土地や自然の美しさを回想する行為は、自身を慰めるとともに人生の苦楽を見つめ直す手段だったのです。本詩は、彼が心に抱いた懐かしさや憧れを限られた語数の中に凝縮し、その風景美と情感を見事に描き切っています。

現代の読者にとっても、故郷や思い出深い場所への郷愁を呼び覚ます詩として親しみやすい作品です。季節の移ろいの中で刻々と変化する自然を見つめるとき、誰しもが抱く郷里の情景や懐かしい記憶と重ね合わせることができるでしょう。『憶江南(その一)』はそんな普遍の感情を詩的に描き、今なお多くの人を惹きつける名篇として語り継がれているのです。

要点

・江南地方の四季折々の自然美と郷愁が凝縮された作品
・平易な言葉ながら鮮やかな情景描写が魅力
・結句の問いかけが、作者の強い望郷の念を読者に伝える
・現代でも故郷を想う心情と重ね合わせやすい、時代を超えた詩の普遍性

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