[古典名詩] 蜀国弦 - 蜀の地へ誘う夜の弦の調べ

Shu Kingdom Melody

蜀国弦 - 李贺

蜀国弦 - 李賀

琥珀の夜光に響く幻想の蜀の弦

琥珀装腰束夜光,
琥珀の帯を身にまとい、夜の光をその腰に束ねる。
Amber adorns the waist, binding the glow of night around it.
碧楼一弄蜀国弦。
碧い楼閣にて、ひとたび“蜀の弦”を奏でる。
In the jade-green tower, one plays the strings of Shu.
飞虹挂月照幽石,
虹のごとき光が月に掛かり、ひそやかな岩を照らし出す。
A rainbow-like shimmer drapes across the moon, illuminating the hidden stone.
细响偏随明月还。
かすかな響きは明るい月に伴われ、遠くへと帰ってゆく。
The subtle notes, guided by the bright moon, return to the distant realm.

「蜀国弦」は唐代の詩人・李賀(りが)が著した短詩のひとつで、幻想的かつ叙情的な世界観が凝縮されています。たった四句に過ぎない詩の中に、“蜀の弦”という言葉を通じて、遠い蜀の国へと旅するかのような響きが想像力をかき立てる構成が特徴です。李賀はしばしば“詩鬼”と呼ばれるほど、その独特な幻想性や華麗な表現手法で知られますが、本作もまた彼の持ち味を端的に示しています。

冒頭の「琥珀装腰束夜光」は、琥珀という宝石のきらめきと夜の輝きを直接繋げることで、いきなり読者を非現実的なイメージの空間へと誘います。続く「碧楼一弄蜀国弦」では、夜の高楼で奏でられる弦の音が、蜀の地を暗示する“蜀国弦”へと結びつき、唐代の人々が憧れた豊かな文化や伝説をほのめかします。唐代以前より、蜀(現在の四川省方面)は美しい自然や独自の芸能・音楽の産地として語られることが多く、そこに秘められたイメージが詩情を盛り上げます。

三句目の「飞虹挂月照幽石」では、虹のような光が月へとかかり、深い暗がりにある岩を照らすという、より幻想的な風景が展開します。夜の闇と光がコントラストを成すことで、詩の舞台はより神秘性を帯び、読者は通常の現実感覚を超えた世界へ導かれます。最後の「细响偏随明月还」は、この繊細な音が月のもとへ連れられ、どこか遠くへ消えていくかのような余韻を残す結び方です。あえて“帰る”という言葉を使うことで、楽の響きが天上や別の場所へ回帰する様子が暗示され、詩全体に漂う浮遊感と叙情性を締めくくっています。

李賀は短命ながらも、多くの作品で人間界と神仙世界、あるいは歴史と伝説、現実と幻の境界を自在に行き交う空想的な情景を描き出しました。本作でも、世俗から一歩離れた夜の空気と宝石の輝き、弦の音を組み合わせることで、はかなくも鮮烈な一瞬を捉えているのです。蜀の文化的イメージと、月や虹、宝石といった象徴的要素が互いを高め合い、詩人の心の内にある“超越への憧れ”を感じさせます。唐代の詩人の中でもひときわ異彩を放つ李賀の芸術観が凝縮された小品として、今なお多くの読者に新鮮な驚きを与える詩と言えるでしょう。

要点

・“蜀国弦”がもたらす幻想的な音の世界
・宝石や月、虹といったモチーフを通じて創出される神秘の夜
・蜀の地への古来の憧憬が、短い詩句に凝縮
・李賀特有の華麗さと儚さを内包する幻想的表現
・わずか四行ながらも、読者を異界へ誘う深い余韻

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