[古典名詩] 诲侄孝文本 - 家族への思いやりと生きる基本を説く教え

Admonition to My Nephew Xiaowenben

诲侄孝文本 - 柳宗元

诲侄孝文本 - 柳宗元

家族の道を説き聞かせる愛の言葉

吾闻孝悌,乃立身之本;
私は聞く、孝と悌こそが人としての根本なり,
I've heard that filial piety and fraternal respect are the foundation of one's being;
若失此道,何以称仁义?
もしこの道を失えば、どうして仁義と呼べようか。
If we lose this path, how then can we be called righteous and just?
一盂一箪,未敢违长上;
小さな椀に盛る飯であっても、決して目上に背くことはせず,
Even with a humble bowl of rice, never dare to go against your elders;
至情至性,自能传家道。
真心を尽くし、本性を保つならば、自然と家の道は受け継がれる。
With utmost sincerity and authenticity, the family way is passed on naturally.

この作品「诲侄孝文本」は、柳宗元が自身の甥(宗族の若者)に対し、家族への思いやりや立身の基礎となる徳について説き示した文と考えられています。柳宗元は唐代に生き、政治の舞台で波乱に巻き込まれながらも、文学や思想においては優れた功績を残した人物です。その人生経験から得た洞察は、身内に向けた言葉の中にも如実に表れています。

冒頭の「吾闻孝悌,乃立身之本;」では、孝(親孝行)と悌(兄弟・目上に対する敬意)こそが人としての根幹だと教えています。現代においては、時代背景や家父長制の考え方が変化していますが、家族や周囲の人々に対する敬意や思いやりは、依然として大切な道徳観として普遍的に受け継がれるものでしょう。

続く「若失此道,何以称仁义?」は、もし孝悌の精神を失ってしまえば、人としての基本的な徳(仁義)を保持することは難しいという厳然たる警句です。柳宗元は政治の世界で多くの不条理を目の当たりにしながらも、家族や人々との基本的な信頼関係、思いやりがなければ社会は成り立たないという信念を抱いていたと推察されます。

三行目の「一盂一箪,未敢违长上;」では、どんなに質素な生活であっても、目上や家族に対して敬意を払い、そむかない姿が示唆されています。ここには、物質的な豊かさ以上に、人としての礼や慎みが重要とされる東アジアの伝統的価値観が滲んでいます。最後の「至情至性,自能传家道。」では、真摯な心と素直な本性を保つことこそが、家族の“道”を自然に継承する鍵なのだと結論づけています。

柳宗元の多くの作品には、仏教的あるいは儒教的思想との結びつきがうかがえますが、この「诲侄孝文本」もまた儒教の孝や悌の概念に重きを置いた説諭の書簡(あるいは詩的表現)と捉えることができます。乱世を生きた作者だからこそ、変わる時代の中でも変わらない人としての根本を若い世代に伝えようとする意欲が見えるのです。

要点

・孝と悌が人としての根本であるという儒教的価値観
・物質的な貧しさよりも敬意や真心が社会と家族を支える
・柳宗元が甥に語りかける言葉から学べる、時代を超えた道徳の核心

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