李凭箜篌引 - 李贺
李憑箜篌引 - 李賀
李凭箜篌引 - 李贺
李憑箜篌引 - 李賀
「李憑箜篌引」は、唐代中期の詩人・李賀(りが)が遺した名作の一つです。タイトルにある「箜篌(くごう)」は、弦楽器の一種で、竪琴にも似た優美かつ神秘的な音色を出すことで知られます。李賀はしばしば幻想的・神秘的なイメージを駆使し、伝説や神話、人知を超えた世界を大胆に描き出す作風をもっていました。本作も、そうした李賀の特長が余すところなく発揮されています。
冒頭の「吳絲蜀桐張高秋」は、呉の絹糸と蜀の桐木を用いて弦を張る光景を示し、そこから鳴り響く箜篌の音が一気に読者を幻想の世界へ誘います。空山に凝る雲や江の乙女、素女といった登場人物が示すのは、現実から一歩離れた神話的な情景です。一方で、中国の中心(中國)を舞台に弾かれるという表現は、李憑という名の人物を通じて、当時の政治・文化の中心である長安やそれを取り巻く世界観へと思いを馳せる導線にもなっています。
続く連では「崑山の玉が砕けて鳳凰が鳴く」「芙蓉は露に泣き、香蘭が笑う」など、感覚的に豊かなイメージが連なります。これらは神仙思想や古代伝説を取り込んだものとされ、詩人自身が抱く“超越的世界観”が言葉の端々から響いてきます。さらに、女媧が天を補うという古代神話や、石が裂けて秋雨を呼ぶ壮大な描写は、宇宙規模の変動を楽器の響きに重ね合わせるかのようであり、李賀の詩風を象徴する「奇崛(きくつ)さ」と「華麗なる幻想性」が最大限に発揮されている部分です。
後半では、神山の老女や魚、蛟(みずち)などの怪異的存在が登場し、さらには呉質という歴史上の人物(魏の文人ともされる)をさりげなく織り込むなど、史実と神話、幻想が入り混じった独特の空間が生み出されています。こうした縦横無尽なイメージの奔流こそが李賀の詩の真髄であり、読者はあたかも神話空間に漂いながら、箜篌の余韻に包まれているような感覚を得ることでしょう。
全体として「李憑箜篌引」は、音楽という芸術を媒介に、古代伝説や神話、そして現実世界の端々が融合する壮大な叙情詩といえます。李賀は病弱で短命だったと伝わりますが、その限られた生涯の中で、幻想性と叙情性を兼ね備えた独自の詩風を切り開き、多くの後世の文人に衝撃を与えました。本作もまた、箜篌の繊細な音色を通して、天地の変動や神仙の世界にまで視野を広げる豊かな創造力をまざまざと示しており、「詩鬼」と呼ばれた李賀の異彩を象徴する一篇といえるでしょう。
・箜篌という楽器が導く幻想的世界観と神秘的イメージが全編を彩る
・女媧補天など古代神話からのモチーフが混在し、壮大な宇宙観を形成
・「詩鬼」と呼ばれた李賀の独特な奇崛さと華麗な幻想性の好例
・音の描写を通して自然や神話、歴史を融合した総合的な芸術表現
・短命ながらも後世の文人に大きな影響を与えた李賀の代表作の一つ