Nurse's Song (Experience) - William Blake
「ナースの歌(経験)」 - ウィリアム・ブレイク
Nurse's Song (Experience) - William Blake
「ナースの歌(経験)」 - ウィリアム・ブレイク
この「ナースの歌(経験)」は、『経験の歌(Songs of Experience)』に収録されたウィリアム・ブレイクの詩で、同じ題名の「ナースの歌(無垢)」とは対照的な世界観を示しています。無垢版では、夕暮れになっても元気いっぱいに遊ぶ子どもたちをあたたかく見守る乳母(ナース)の心が描かれていましたが、こちらの“経験”版では、その視点がより冷えた、あるいは複雑な感情を帯びています。
詩の冒頭で、子どもたちの声を耳にしたとき「若かった日の思い出が蘇るが、顔は青ざめる」というナースの反応は、過去の活力ある姿と今の自分との落差や、そこにある寂しさ、後悔の感情を映し出しているようにも読めます。子どもの笑い声や囁きに対して、かつての自分を想起するのに、喜びではなく虚無や辛さが先立つことが、この詩の主要なトーンとなっています。
続く行でナースは、日は既に沈み始めており「遊びは時間の浪費」と暗に伝えます。子どもたちが持つ明るさや無邪気さを、心底から理解しようとする姿は見られず、むしろ「春も日中も遊びに費やされ、冬や夜はその仮面の下で過ぎ去る」といった風に、子どもたちの日々をどこか無駄なものとみなしているようです。これには、人生経験を積むにつれ得られる現実主義や厳しさが反映されると同時に、自身が若き頃に感じていた生き生きとした感覚を取り戻せなくなった嘆きも含まれているのかもしれません。
この詩に描かれるナースの眼差しは、明るい子どもたちの声からさえも活力を汲み取れず、むしろ取り残された思いを抱えている人物像を思わせます。ここでは、ブレイクの「経験」の視点が明白に表現され、無垢だったころの心を失った者が世界をどのように見ているかを示唆しているのです。同じタイトルの二作品を比較すると、「無垢」の世界が真の意味で保たれるのは、ほんのかりそめかもしれず、人が成長し、傷つき、社会の規範や打算に染まるうちに、純粋な目線を失っていく過程が浮かび上がってきます。
「ナースの歌(経験)」は、そうした大人の視線が持つ苦味と喪失感をわずか数行の中に詰め込んだ詩として、ブレイクの特徴的な二分法—すなわち無垢と経験—を味わう上で欠かせない一篇といえるでしょう。子どもたちの声に耳を傾けながらも、それを素直に喜べなくなってしまった人間の悲しみや後ろめたさが、行間からにじみ出てくるのが印象的です。
• 「ナースの歌(無垢)」と対照的に、年長者の疲れや苦味が色濃く描かれる
• 子どもたちの声にかつての自分を見ながらも、もはや喜びとして受け取れない喪失感
• 人間が成長するにつれて無垢な視点を失い、現実の厳しさや思い出の切なさを痛感する構図
• ブレイクの提示する「無垢」と「経験」の二元論を理解するうえで重要な作品