[古典名詩] 鳳凰台上吹簫を思う(香冷金猊) - 詩の概要

Phoenix Terrace, Remembering the Xiao Flute (Incense Grows Cold in the Golden Brazier)

凤凰台上忆吹箫(香冷金猊) - 李清照

鳳凰台上吹簫を思う(香冷金猊) - 李清照(り せいしょう)

別離と秋の影が交錯する繊細な情を映す詩情の世界

香冷金猊,被翻红浪,起来慵自梳头。
香炉(黄金の獅子型)の香も冷え、紅い寝具が乱れたまま。起き上がっても髪を梳く気力が湧かない。
Fragrance wanes in the golden lion censer, crimson bedding in disarray; I rise but am too weary to comb my hair.
任宝奁尘满,日上帘钩。
宝鏡台にはほこりが積もり、日はすでに簾の鉤まで昇っている。
Let the ornate dressing table gather dust; the sun has climbed above the curtain’s hook.
生怕离怀别苦,多少事、欲说还休。
離別の苦しさが怖く、言いたいことは山ほどあるのに、結局口に出せずに終わってしまう。
Fearing the pangs of parting, so many words remain unspoken in the end.
新来瘦,非干病酒,不是悲秋。
最近やつれてしまったのは、病や酒、秋の物悲しさが原因ではない。
I’ve grown thin of late, not from sickness, wine, or the sorrow of autumn.
休休。这回去也,千万遍阳关,也则难留。
もうよそう。今回こそ去っていくなら、幾度「陽関」の別れの曲を奏しても、引き留めるのは難しいだろう。
Enough. If you must depart this time, no matter how many times we play “Yangguan,” we cannot make you stay.
念武陵人远,烟锁秦楼。
武陵の人は遠く離れ、秦楼は煙に閉ざされている。
The one from Wuling is far away, and the Qin tower is veiled in mist.
唯有楼前流水,应念我、终日凝眸。
ただ楼の前を流れる水だけが、朝から晩まで私の視線を受けとめてくれるだろう。
Only the waters before the tower heed my gaze, day in and day out.
凝眸处,从今又添,一段新愁。
こうして見つめるたびに、今日からまた、新たな憂いが加わるのだ。
Where my gaze settles, from now on, a new sorrow takes shape within me.

この詞(し)は、中国宋代の女流詞人である李清照(り せいしょう)が手がけた作品の一つであり、その題名「鳳凰台上吹簫を思う」は詞牌(しはい)を示す「鳳凰台上憶吹簫」の下に「香冷金猊」という冒頭句が添えられたものです。作品には、秋の冷たさと別離の予感、そして変わりゆく時代や自分自身の境遇への複雑な想いが巧みに織り込まれています。

詩の冒頭では、香炉(黄金の獅子型)に焚かれた香が冷めていく情景が描かれ、主人公が起き上がっても髪を梳く気力をなくしている様子が映し出されます。続くフレーズでは、宝鏡台にほこりが積もっていること、すでに日は高く昇っていることなどがさりげなく述べられ、日常の雑事さえままならないほどの憂鬱や倦怠感が暗示されます。

さらに「離別の苦しさを恐れ、語るべき多くのことも結局言えずに終わる」という表現からは、人と人とのあいだに横たわる別れの不可避性が切実に伝わってきます。李清照は、夫との別離や戦乱による故郷喪失など幾多の困難を経験しており、そうした人生の苦渋が濃厚に作品に反映されているともいえるでしょう。実際、本詞には「すでに瘦せ細ってしまった」や「陽関の別れ」という言葉が表出されており、作者自身が繰り返す別離や孤独を痛感していると読めます。

終盤では、「武陵の人」や「秦楼」といった地名のイメージによって、遠く離れた人と、霧に閉ざされた楼閣という取り合わせが、いっそう寂しげな雰囲気を醸し出しています。最後に示される「流水だけが朝から晩まで私を見守ってくれる」といった一節や、「そこに新たな愁いが加わる」という結びは、李清照の作品に繰り返し登場するモチーフです。流れる水の永続性と対照的に、人の心は限りなく揺れ動き、別離と思い出の狭間で新たな憂愁を繰り返し生み出すのです。

本作品の特徴として、視覚的な情景描写とともに、作者の内面的な心情が濃密に盛り込まれている点が挙げられます。李清照は優れた詩的感性を通じて、わずか数十文字の中に深い感動や切ない余韻を凝縮しており、時代を超えて多くの人々の共感を得ています。秋の季節感や別離の情緒を背景に描かれる物語性は、彼女の作品のなかでも特に印象的であり、読後にしんみりとした哀愁を宿す名作といえるでしょう。

要点

・香炉の冷えと紅い寝具の乱れが象徴する秋の冷たさと倦怠感
・別離の苦しみを繰り返す人生が短い詞句に凝縮
・楼閣や流水といったモチーフを通じた孤独と叙情の対比
・李清照特有の繊細な感受性が時代を超えて読者の心を打つ名篇

シェア
楽しい時は時間が経つのが早いですね!
利用可能な言語
おすすめ動画
more